4 動揺の波 【4-1】

4 動揺の波

【4-1】


2時間ほどでお開きになるのが、『キタック』仲間の暗黙の了解。

私は駅までの道を歩くと、改札に入るため定期を出す。


「石本」

「はい」


一緒に駅まで戻ってきた森田さんが、改札に入ろうとした私を止めた。

森田さんは、駅が同じでも路線が違うため、ここで別れることになる。


「あのさ……」

「はい」


邪魔になったら悪いので、私たちは駅の真ん中から隅にズレる。


「俺、2月いっぱいでバイト辞めるんだ」

「エ……」


私は思わず指で日にちを数え出す。

毎日仕事があるわけではないので、あと2回くらいしか、会わないと言うこと。


「そうだったのですか」

「就職活動がね。土曜日曜も、試験とか入るし」

「あ……」


森田さんの学年を考えたら、当然のことだった。

私は納得しながら、何度も頷く。


「それでさ……」

「はい」

「石本が嫌でなければ、俺と……付き合ってくれないかな」


バイトを辞めること、就職活動をすること、付き合うこと、

この言葉が横並びに耳を通過していくが、最後の言葉だけが急ブレーキをかけて、

頭の中に戻っていく。


「あ……えっと……」

「お前とは、違った形で会えたらいいなと」


頭が真っ白になった。

森田さんが優しい人だと言うことは、よくわかっているし、

何か問題があるのかと言われたら、何もない。

でも……


「返事は次でいいよ、急で驚いている顔しているし」

「あ……はい」


見てはいないけれど、自分でもそう思う。

動かしたことがないような筋肉が、動いているような、そんな気がする。


「おやすみ」

「おやすみなさい」


私は森田さんに最敬礼すると、一度大きく息を吐いた。

森田さんは振り返ることなく、駅の中に消えていく。

あらためて定期を取り出し、私も改札を通るが、なんだろう、

足下がふわふわしていて、下に移るマス目の模様が、ぐしゃぐしゃに見え始めた。



『お付き合い』



初めての言葉。

学校から一緒に帰ろうとか、学園祭の『夢コメ』を一緒に書こうとか、

そんなものではなくて……



『夢コメ』



蒼……



蒼の顔を思い出した瞬間、ふわふわしていた足下は、

しっかり地面についているという感覚が戻ってくる。

そういえば、成人式の会の時、学園祭がどうだったのかまで聞けなかった。



申し訳なさと、

『別の人と書いた』とかいう、もしかしたらの言葉を聞きたくなくて……



まだ、今でもどこかで、あの日が続いているような、

そんな思いが心から離れなくて……



家に戻り、ベッドに寝転がる。

森田さんとお付き合いをすることにしたら、学内でよく見るようなカップルがする、

手をつなぐこととか、お弁当を持って行って、どこかで食べるとか、

そんなことが出来るのかもしれない。

一緒に映画を見て、遊園地に行って、動物園でパンダを見たり。

森田さん優しいし、世の中のことも私より間違いなく色々と知っているから、

何を見てもきっと、楽しいはずだし。


あ、そう、ほら、テレビドラマで見るような、別れ際のキスとか……



私はベッドから飛び起きる。



「買い物、行こう」



立ち上がると、明日のために牛乳を買おうと、財布をバッグから取り出した。





森田さんとお付き合いをするのか、しないのか……



授業中、やたらに声の大きい教授の授業を受けながら、

偶然忘れられていた就職の情報誌を手に取って、ひまつぶしにめくってみた。

就職活動か……

森田さんはどういう業界を狙っているのだろう。


私は、まだ、何をしたいとか考えたこともないし、なりたいという目標もなくて。

誰もが名前を知っている『三光電気』とかおもちゃの『バンラク』とか、

お菓子の『ルッテ』とか、大手企業名がどんどん出てくる。



『MAKINO』



『牧野運輸』

そういえば、蒼のお母さんがそのグループ企業の副社長と、再婚したと聞いた。

『牧野運輸』は神戸を拠点にして、どちらかというと関西から伸びてきた企業だ。

もちろん配送業なので全国に広がっていて、今では業界2位の地位にあると、

説明書きがされている。

資本金、従業員の数、『キタック』とは比べものにならない。



……なんで比べるのよ、私。



『古川蒼』


でも、あいつ、名札は古川のままだったな。

面倒だからそうしたのかもしれないけれど。


従業員の出身大学の1番手が『壮明大学』だと知る私。

さすがに関西のトップ。そうだよね、そうなるよね……

東京でも有名大学ばかりが並んでいる。


あいつ、『MAKINO』に入るから、壮明なのかな……

そうなるともう、『東京』には戻らないよね。


『また会えるか』なんて言葉を、思わず言ってしまったけれど、

会ってどうするのかと聞かれたら、全くプランはないし。



でも……



名前を思い出すだけで、笑った顔を思い出すだけで、

胸がぎゅっとつかまれたような、こんな感覚、まだ他の誰からも受けたことがない。

目の前で、告白してくれた森田さんだけれど、

思い出の思い出に、勝つことが出来ないなんて。


【4-2】



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