宇宙混沌
Eyecatch

この事実を夢にして [1/5]

 茶屋の二階で、アタシは竹千代に買ってもらった団子を頬張っていた。
「騒がしいんだぞ」
 竹千代はほくろのある方をアタシに向け、机に肘を突いて窓の外を見ている。表の通りからは、アタシ達が隙を見て茶屋に入ったことに憤慨するせつなと、それを宥めるとわ、合流したらしき理玖の声が聞こえる。
「せつな! とにかく迷惑だから、一旦お店の前からは離れよ? ね?」
「なあに、竹千代は好き好んで面倒事を起こす男じゃありませんて」
 暫くして無理矢理連れて行かれたのか、静かになった。竹千代は湯呑みを空にして、アタシを見る。
「団子、アタシが全部食って良いのか?」
「良いぞ」
 言葉に甘えて、最後の串も摘み上げる。竹千代は再び窓を向いた。
 何故アタシ達が茶屋の部屋など取っているのか。それはついさっき、竹千代に口説かれて、アタシが頷いてしまったから。
 我ながら軽薄だったんじゃないかと思う。勢いで言っちゃったけど、竹千代は冗談のつもりだったんじゃ。
「良いよな、お前には心配してくれる奴が居て」
 やにわにそう言われて、返す言葉に困る。
「……せつなのこと?」
「そうだぞ」
「お前には、居ないの?」
 竹千代は整った顔を一瞬歪めた気がした。
「俺には父上しか居なかった」
 瑠璃紺の瞳が此方を向く。
「父上にも、俺しか居なかったと思う」
「詳しく聞く気はねえけど、お前も苦労してきたんだな」
 ごちそうさま、と串を置く。
 さて、いよいよか。アタシだって全くの無知というわけではない。茶屋の個室に入った男と女が、何をしているのかくらい知っている。
 ああ、やっぱり軽率だった。こんな時にこんな場所で、こんな奴となんて思ってもみなかった。いや別に、具体的に夢見ていた訳じゃないけど。
「そんなに怖がるなよ」
 竹千代は手に顎を乗せて溜め息を吐く。
「此処はそういう茶屋じゃないんだぞ。仮にそうだったとしても無理矢理犯す趣味は無いし、仇討ちの前だからな。お前も目的地に辿り着くまでは、[やや]なんて授かっても困るだろ?」
「まあ、そりゃあ……」
 そう言われると、少し落ち着いた。
 皆と合流すれば、二人の時間はそうそう取れなくなる。今のうちに二人きりで仲を深めておくのも、悪くないか。
「お前、本当に親父さんのこと好きだったんだな」
 アタシの方から話し始める。
「見ず知らずのアタシ達に声掛けてまで仇討ちしたいなんてさ」
「もちろん俺がもっと強かったら、俺一人で行ったぞ。……いや、どっちにしろか。お前達に断られても一人で行った」
「一人でって……死ぬ気かよ。渾沌って強いんだろ?」
「生きるも死ぬも大して変わらないぞ。悲しんでくれる人が居ないなら」
 そう言われたことが、アタシはとてつもなく悲しかった。そりゃあ知り合わなければ仕方ないけど、今は、アタシは……。
「ウソつき」
「は?」
「本当に一人で突っ込んで、人知れず死んでも良いって思ってるなら、アタシ達に声かける必要なんてねーだろ」
 竹千代はアタシ達の力を借りて渾沌を倒したかったんじゃなくて、自分が渾沌に挑みに行くことを、誰かに知っていてもらいたかっただけなんじゃ。
 図星だったのか、竹千代は苦笑して黙り込む。
「変な奴だよな、お前。女を口説く練習するくらいなら、刀の腕を磨けよ」
「そっちはとうに限界を見たんだぞ。人間を食えば、手っ取り早く今の限界[それ]を超えて強くなれるのは、知ってるけどな」
 竹千代の口から出てきた物騒な言葉に、アタシは竹千代の父の言葉を引用する。
「お腹壊すんじゃなかったのかよ」
「それ、父上が俺を躾ける為の嘘だろ。でなきゃ人里を好んで襲う妖怪なんて居る筈ないし。俺達はそういう奴の首を獲って食ってきたんだぞ」
「全部解ってて、親父さんの教えだって言うんだな」
「まあな」
「じゃあ女が男の顔だけ見てホイホイついて行くなんてのも、嘘だって解ってただろ?」
「それはそうでもないんだぞ」
 竹千代は机の向こう側から身を乗り出してきた。
「お前は俺のどこを気に入ったんだぞ?」
「どこって……」
「この顔じゃないのか?」
「他にもあるよ! 物知りなところとか」
「『にも』ってことは顔もだろ」
 竹千代の口元が歪む。
「うるさいな! そうだよ!」
「じゃあ、この先飛ぶ時以外はこの姿で居てやるんだぞ」
「疲れるんじゃなかったのかよ」
「元々ずっとこの姿で同行する予定だったしな。そのくらいの体力はあるんだぞ」

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闇背負ってるイケメンに目が無い。

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