まったく、気分の悪い仕事だったぞ。
俺は脳裏に焼き付いた、恋に狂って自らの炎で燃え尽きた男の姿に辟易した。焔とか言う妖怪、とわ達の敵らしかったが、最終的に人間の女を手籠めにしようとして自滅するなんて、小者にも程がある。
あんな男にはなりたくない。その一方で、好きな女を己の好きなように弄びたい気持ちが、無いとは言わない。
「山向こうの町まで行ってくる」
屍屋の奥の部屋でぼうっとしていた俺に、獣兵衛様が声をかけた。
「店番ですか? それとも送迎?」
獣兵衛様の足で山を越えるなら、夜まで戻ってこれないが。
「いや、昨日何度も北の山まで飛んで疲れてるだろ。どうせもろはくらいしか来ないだろうから、来たら相手してやってくれ」
と、いうことで獣兵衛様不在の休日だ。ならば、と俺はもろはに変化した。
これが狸の良いところだ。好いた女を乱したい、甘い声で名を呼ばれたいと思ったら、自分で化けてしまえば良い。
「あ……」
着物の下に手を入れて、自分で胸の先を弄る。
もろはは俺が初めて間近に見た女で、しかも滅茶苦茶可愛かった。俺を子狸と侮って無防備なところがまた良い。
だからといって手籠めにするつもりも、ましてやちゃんと口説くつもりも無いけどな。
「…………」
いや、暗い話は止そう。とにかく、想像の世界では俺は自由だ。
普段絶対に言わない甘い言葉を、俺がもろはに投げかける。もろははそれに頬を染めて、潤んだ瞳で俺を見つめて……。
「竹千代……」
自分でもろはの声を真似て名を呼ぶ。本物のもろはは出さないような高い声で。
「竹千代……」
そうそう、本物はこんな風に気取らない感じで……。
そこまで思ったところで、俺は手を止めた。今のは、俺の喉から出た声じゃない。
「竹千代、何やってんの?」
「もろは……」
開けた着物を慌てて掴み、床に転がったまま恐る恐る振り返る。
そこには、怪訝な顔で首を傾げた、本物のもろはが立っていた。