現在は癌治療中の私ですが、A型劇症肝炎の経験があることは以前お伝えした通り。
該当記事を下のほうにリンクを貼っておきますので、興味のある方はのぞいてみてやってください。
その記事では紹介していないのですが、実は昏睡状態から目覚める際に夢(?)に出てきた今でも鮮明に覚えている言葉が、
『プラスマイナス「ゼロ」で人生を終わるべし』
なんですねぇ。。。幽霊とか死後の世界等には興味もなく信じてもいない私なのですが、目覚めて以降は“あの言葉って、当たってるかもぉ?”と思わせる生活を送ることになっているのでした。
義父の見舞いのために足を運んだ病院(今思えば現在癌治療でこの病院にお世話になっています)で急に意識を倒れた私。なんとか三途の川を渡ることなく数日後に目覚めたのでした。
この眠っていた数日間については全く記憶にないのですが、ただ目覚める直前に見た夢(?)は今でもはっきり覚えています。
むしろ、その夢(?)がきっかけでこの世に留まることができたのかもしれませんねぇ。
よく似た話を耳にすることもありますが、私の場合のストーリーはこんな感じでした。
ここからは、その時に見た夢(?)を再現した記述になります。
ベッドに横たわり眠っていた私は、何か明るい光みたいなもので目覚めたのでした。
目を開けると私の横たわっているベッドの左側から直視できないくらいの光が私を照らしていました。
この光のせいか、ベッド周辺は白一色で何もない広い空間に私のベッドがポツンと置いてある光景。
しばらくの間ボーっとしていると、その光が若干陰りはじめ光源と私の間に何かが姿を現したのですが、逆光で影からおぼろげながらの輪郭は判別できるものの姿を認識できませんでした。
その影が徐々に横たわる私に近づくにつれ正体が人間であることに気づいた私は起き上がろうとしましたが、体の自由がきかず横たわったままで、影の持ち主が近寄って来るのを眺めるしかできませんでした。
影の後主は、日本では見慣れない袈裟に身を包んだ僧侶。
その僧侶は、自由のきかない私の手を取りこう告げたのでした。
「お前をこのまま連れていくことはできない。プラスマイナス「ゼロ」で人生を終わるべし、今のお前はプラス部分が多すぎる。」
そう言い残すと僧侶は光の中に消えていきました。
とっさに起き上がった私はいつしか体が動くことに気づきベッドから降りた途端に目が覚めたのでした。
目覚めた私は、なんとか肝臓移植をすることなく退院(←この時点でまだ「プラス部分」が残っていた?)。
ただ、退院後に「マイナス部分」が徐々に私に降りかかってくるのでした。
2002年:劇症肝炎から社会復帰
2003年:中国へ赴任
2007年:帰任
2008年~2018年:海外案件の担当となり日本を空けることが多くなる
2019年:横行結腸癌で緊急手術、その後抗がん剤治療中も海外渡航を繰り返す
2020年:肝臓癌を発症し手術し抗がん剤治療(←今ココ)
武漢肺炎の動向にもよりますが、きっと今行っているCapeOX治療が終わると、海外渡航を再開させることになるでしょう。
“そろそろ「プラマイゼロ」くらいになってるんじゃないのぉ~?”
僧侶の言葉が頭を離れない私はこんなことを思ってしまいますが、でも本当に「ゼロ」になったら私の人生って何らかの形で終わっちゃうのかもしれませんねぇ。
その引き金が今患っている癌なのか、海外渡航中の事故なのか、はたまた新たな別の原因なのか。。。今のところ可能性が高く大本命と見ているのは「癌」なんですけどね(苦笑)。
今回の僧侶のお話を信じるかどうかはお任せしますが、現実主義の私は他人からこんな話を聞かされても、きっと信じないと思います(苦笑)。
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