エントリーナンバー1、俺の愛した男達

今や時代は、LGBTを受け入れる時代となった。

復習しておこう。

LGBTとは、女性同性愛者(レズビアン、Lesbian)、男性同性愛者(ゲイ、Gay)、両性愛者(バイセクシュアル、Bisexual)、トランスジェンダー(Transgender)の頭文字を組み合わせた表現である。

このテーマ、実は奥が深く、日本では鎌倉時代に遡った武士の世で既に男色のそれがあったと、古事記、日本書紀、万葉集に匂わせる記載がある。

さて、今回は、私自身が愛した男性の話をしてみよう。

あれは、私の肌がシャワーの水をピチパチと玉の様に弾(はじ)く年の頃であったか。ああッ、懐かしい。

お相手の男性は60過ぎの刈上げ君だった。

その方は、タイムカードに17:01を打刻すると、右足、そして左足と階段を丁寧に下って裏の路地を駅に向かう。

200メートル程も行き、右に折れれば駅の入り口へ進める。

しかし、その方は一旦立ち止まり、駅の入り口を見つめ一呼吸置いてから左に折れる。

やはり、今日も会いに行くか、、

傍から見れば不必要に思えるこの一呼吸。しかし、その方にとっては、それが必要なルーティーンなのであろう。

気合を入れているのか、何かを滾(たぎ)らせているのか、ここ十年は続けていると本人から聞いたことがある。

目的は、もちろん自分を待ってくれている人がいるからだとも聞かされていた。

当時、私はこの店でバイトしており、この方、いや、おじさん(と呼ぼう)は私の御贔屓となっていたのだった。

おじさんの入店時間は、決まって17:10頃だった。

こちらも、その時間になるとソワソワしたものだった。

店の暖簾に手を掛けて、ひょいと顔を出す。

と言っても155cm程の身の丈の持ち主、実際には暖簾の下を素通りでくぐれる筈であった。

らっしゃーいッ! いつもの声を掛ける。

この店は立ったままで事を済ませるが当たり前の、、

そう、立ち飲み屋さんだ。

店の中はコの字のカウンターで囲まれて、壁際にも板でカウンターが設(しつら)えてあった。

おじさんの定位置は、店に入って左側のカウンター、おでんの煮込み鍋の前と決まっていた。

立ち飲み屋のカウンターと言うのは趣(おもむき)があって、込み合ってくると客が体を斜(はす)に構えてみんなを迎え入れ、片手飲みスタイルになるのだ。

おじさんも、よほどの事でもない限り、グイグイと定位置に割り込んで行く。

結構、この肌のぬくもりを感じられる密着プレーがお好みの様子でもあった。

ショルダーバッグをカウンターの下にあるフックに引っ掛け終わる頃には、「いつものやつ」と注文を入れてくる。

あいよー、と承って、おでんの鍋を覗き込む。

おじさんも同時に覗き込む。

この時、私はカウンターの内側で、おじさんは外側。

二人で、おでんの鍋を覗き込むその様は、正に愛で通じた二人のそれだった。

実は、おじさんには鍋の中を覗き込みたい理由があったのだ。

諸氏もお気付きのように、おじさんは未だ「いつものやつ」と言う注文しかしていない。

立ち飲み屋の常連の多くは、飲むもの食うものが大体決まっている。

カウンター担当の私は何十人もの客の「いつものやつ」を把握しているのだった。

そして、おじさんが求め探してるのは、薄茶色の池に沈む、黒い真珠とコゲ茶の如意棒だ。

真珠の方は、良く煮えた卵の事で、黒ければ黒い程、おじさんの頬は緩む。

如意棒の方は、ごぼ天(ごぼうの天ぷら)の事で、こちらも黒ずんで熟したぐでんぐでんに柔らかいや物がお好みであった。

正直、この要望にお応えするには丸1日煮込む必要があった。

加えて、その注文は毎日同じで、決して、浮気などされない。

故に、私の非番の水曜日などは、他の担当アルバイトに取り置きを頼んでいたほどだった。

私とて、バイトを始めた頃は様子が分からず、粗相して白無垢の少女の様な卵を、「はい、お待ちどう様」と提供した事があった。

しかし、その時のおじさんの顔は、それはそれは、悲しいものであったのを記憶に留めている。

もう二度と、あんな「逝けずボッタくり」みたいな悲しい顔はさせたくない。

おじさんの要望は、ただただ一皿に黒い卵を2個とごぼ天を1本乗せて欲しいだけだったのだ。

うーむ、ここからが難しい。

一生懸命、気を遣うのだが、どう盛り付けても、ツルリ~ンと、チン○ン、そのものになってしまうのだ。

だが、おじさんは、嬉しそうだ。

そんな事はお構いなしに、今日もパクッと、ごぼ天を咥えて笑顔を作るのだった。

おじさん、俺、明日も待ってます。

あなたのごぼ天をこの箸でつまんで。

★★★

【おまけ】

タイトルが、俺の愛した男達と複数形になっているのに今回の登場人物は1人だった。

このおじさん以外にも愛した男は数知れず、機会があればまた紹介してみたい。

★★★

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