(4) タイ、バンコク、トゥクトゥク物語【バービア】

人生初のタイ旅行。

ドムアン国際空港に到着してから、僅か6時間しか経っていないのにもう緊急反省会を開いている。

日々の営業会議では計画と準備が大事と説いて来た。

変化する事も恐れてはならないと信じて実行してきたが、6時間は早過ぎないか。

サラリーマンとして体に覚え込ませたPDCAサイクルが機能しない速さだ。

計画(P)、実行(D)、評価(C)、改善(A)、これを6時間の短時間で行ったことなど未だかつてない。

そもそも、そんな超高速の朝令暮改では誰もついて来ないし、計画自体がおかしい筈だ。

いや、頭の方がおかしいと思われるかもしれない。

しかし、だ。

今回は、従う者など誰もいない一人旅。

計画して飛び出した旅でもない。

ならば、感覚的にやればいいじゃないか。

これじゃダメだと感じれば、即座にやり直しだ。

前に進むことを恐れず、スピードを上げて全開フルスロットルだ!

よーし、行き当たりばったり、出たとこ勝負か。

それならば、私の大好物だ。

Ken、ありがとう。

緊急の反省会はとても有意義だったようだ。

さっきの娘の事は忘れよう。

”女の子はいっぱいいますよ”、この言葉に痺れよう。

”そうだ、タイに来たんだ” このキャッチで行こうじゃないか。

珍しく正解を導き出せた気分だった。

そして、トゥクトゥクは、私を後部座席に乗せて目的地のバービアを目指してバンコクを夜を疾走するのだった。いっけー。

★★★

Kenが強めにブレーキを踏んでアクセルをブーンッと一発吹かせて相棒のトゥクトゥクを停車させた。

着きましたよ、ボス。

ここです。

行きましょう。

Happy Hour(=ハッピーアワー)、とチョークアートで綺麗に書かれた看板が店の前の掛けてあった。

★Happy Hour★ 17:00~18:00

★Happy Price★ Beer only THB 50-

と英語で書いてある。

意味は分かったし、看板を見て確かに自分が外国に来ているんだなと改めて感じた。

そして、何やら楽しさの緊張感の様なものがサーッと体の中に流れて足取りが軽くなった。

店に到着したのは21時を少し過ぎていたから、ハッピーアワーはとうに過ぎている。

今は、このバービアのゴールデンタイムと言われる時間帯だ。

運転手のKenは、この店の女の子達とも顔見知りのようで、みんなに私を紹介してくれた。

サワディカー、ここでも全員にワイ(合掌)をされた。

こちらも、見よう見まねで、サワディカーと返してみた。

ボス、ボス、

ちょっと違います。

男は、カップです。

は?

挨拶ですよ。

男も女もワイはするんですが、女はサワディカーと言って、男はサワディカップと言います。

へー、そうなんだ。ならば、改めて、サワディカップ。

これで十分だった。

店のみんながその挨拶を受け入れてくれて、笑顔と共に宴が始まった。

年のころは40才ぐらいか、店のママらしき女性がカウンターに片手をついて、何、飲みますか?と聞いて来た。

特に変わった酒が欲しい訳でもなかったので、ビールと頼むと、銘柄は?と返ってきた。

カウンターに座っている他の客たちを見ると、緑のラベルのハイネケンが目に飛び込んできた。

OK、俺もあれにしょう。ハイネケンと人差し指を突き上げると、ママが速攻でキャップを開けてカウンターの上に乗せてくれた。

ビアホールダー要りますか?と聞かれたので、いや要らないと答えてとりあえずKenと乾杯した。

どうやらKenの説明によると、こういったオープンカウンターのBarの事をタイではバービア(Bar Beer)と呼ぶとの事だった。

店は、横並びに軒を連ねてネオンと音楽で客を誘っていた。

各店には、女の子が2~3人ずつ働いていて、カウンターの中や外で客を待っている。

我々の様に男同士で来店し酒を飲むもよし、独りで来て店の女の子達と飲むもよし、それこそ自由に過ごせばいいのがバービアなのだ。

簡単にイメージするなら、日本のガールズバーのオープンスタイルと言ったところだろうか。

カウンターの止まり木に腰を下ろして話を始めると、飲み物を出した後はしばらく放置しておいてくれるだろう。

そして、こちらの話のころ合いを見てか、待ちきれなくなってかは知らないが、女の子の方から必ず話し掛けて来る。

横に座ってくる娘もいれば、カウンターの中から話しかけてくる娘もいる。

私の様に、タイ語が出来ないと分かれば、ちょっとしたゲームを持ってきて退屈しない様に相手をしてくれる筈だ。

もちろん、相手をしてもらったら一杯奢るのが基本ルールとなっているから忘れないように。

女の子は、奢ってもらったドリンク1杯100~120バーツ(300~400円)に付き大体50バーツ(160円)程度のキックバックが貰えるシステムになっている。

これは、日本のキャバクラだって同じで、きっと世界共通のシステムだろう。

今夜も2人の女の子に酒を奢って楽しく相手をしてもらった。

日本人もよく来るらしく、みんな挨拶ぐらいの日本語は覚えている様だった。

しかし、会話が成り立つほどの女の子はこの店にはおらず、会話はもっぱら英語でのやり取りとなった。

英語での会話と言っても、心配する必要はない。

バービアでの会話など毎回同じで、名前や年齢の自己紹介に始まって、何処から来たのかなんてのが一般的だから初心者でも大丈夫だ。

そうは言っても、これまで英語を一度も話したことが無いと言う諸氏は、少し練習しておいた方が良いだろう。

以前、割と大手のサラリーマンとタイの飲み屋で同席したことがあった。

その方は、全く英会話の経験が無かったらしく、名前を聞かれた後はしどろもどろで、あーん、あーん、イエス、えッ、ナニ、へッ、と呪文をずっと唱えていたのを覚えている。楽しかったのだろうか。

その時は、あんた、一応大学出たんだろと腹の中で突っこんで、そっとして置いてあげた。

★★★

じゃ、負けた方がテキーラね。

会話が弾み、物理的な距離も縮まり宴が盛り上がってくると、楽しいゲームに罰ゲームが付いてくる。

チップを要求してくる娘もいれば、酒を飲みたがる娘もいる。

中には、一緒に遊びに行こうと誘われることだってある。

店の営業時間中にだって、店に幾許(いくばく)かのペナルティー料(2000円程度)を払えば客と遊びに行っても構わないシステムとなっている。

この夜も、ゲームには勝ったり負けたりで随分と酔っぱらってしまったが、とても楽しい時間を過ごしていた。

タイ語など全くできない私にも、何とか英語とジェスチャーを織り交ぜて飽きさせずに相手をしてくれた。

入店してから2時間程も経っただろうか。

Kenが、ボス、そろそろ行きましょうかと声を掛けてきた。

そうだな。随分と酔っぱらったよ。

楽しかったですか?

ああー、楽しかった。みんな優しいなあ。

そうですか。それは何よりでした。

タイ語で、楽しいは、サヌックと言いますから覚えて置いてください。

そうか、ならば、タイ語で、

えーと、Thank you は、コップンカップだから、

Tonight、サヌック、コップンカップ、というと、女の子達が、おーッ、タイ語だ、と褒めてくれた。

お勘定の方は、2時間遊んで5,000円ぐらいだったから、コスパもまずまずと言ったところだろう。

カウンター越しにずっと相手してくれた女の子が外に出て来て、明日もまた来てね、おねが~いと熱いハグ(抱擁)をしてくれたのが嬉しい驚きだった。

最後に、少しのチップを女の子とママさんに渡して、Kenの運転するトゥクトゥクの後部座席に再び乗り込んだ。

ボス、この後、どうしますか?

ホテルへ送りましょうか、それとも、別のところへ行きますか?

心と頭は、まだまだ遊んでいたかった。

しかし、さすがに疲れた様だ。

いや、今夜はもういいよ。ホテルへ送ってくれ。

了解しました。

バービアから、ホテルまでは20分ぐらいだった。

その間、まだまだ眠る気配のないBnagkok(バンコク)のネオンを見ながらトゥクトゥクの座席にもたれかかってタバコを一服吸ってみた。スー、ハー。

この国は、とにかく見るもの触るものが新鮮だ。

なのに、何処か日本と同じような雰囲気も感じられる。

多くの日本人が、この国に魅了されて落ちて行くと言う噂(うわさ)も何となくだが理解できた。

バンコク、いったいどこまで奥が深い都市なんだろうか。

スー、ハー、、

つづく、、

★★★

【おまけ】

ボス、今夜はお疲れ様でした。

明日はどうしましょう。

また、どこかへ案内しましょうか。

そうだな、じゃ、昼過ぎに来てくれないか。

OKです。

私は表にいますから、ボスの都合で声を掛けてください。

分かった。じゃ、また明日。

おやすみなさい。

ああ、おやすみ。

★★★

【おまけ2】

ベルボーイが、ご機嫌ですねと声を掛けてドアを開けてくれた。

親指を立てて、ああ、楽しい夜だったと返事をして部屋へ戻った。

とりあえず、ベルトを緩めて、腕時計を外して、ミニバーの冷蔵庫を開けてみた。

どれにしようか、ぎっしりと詰まった飲み物の中にハイネケンを見つけてリングプルをプシュッと開けて一口飲んだ。

ガーッと、厚手のカーテンを大きく開けるとガラスの眼下にバンコクのネオンが楽しそうに光っていた。

乾杯!

もう一口、ハイネケンを飲んでタイの初日に幕を下ろしたのだった。

★★★

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