2017.10.21
恋の百物語・第49首
百人一首@うた恋・・・「恋の百物語」
第四十九首はゆほ様の作品です。
**********
『 恋の百物語 第49首 』
~ 御垣守 衛士の焚く火の 夜は燃え 昼は消えつつ ものをこそ思へ ~
「やぁ、姉さん。こんにちは。はい、これ」
「・・・・・?」
弟の融が、あたしの住む東の対へやって来て、いきなり、持っていた料紙を無造作に手渡してきた。
開いて見てみると、歌が一首、融の下手くそな筆跡で綴られている。
御垣守 衛士の焚く火の 夜は燃え
昼は消えつつ ものをこそ思へ
宮中の御門を守る御垣守(みかきもり)
衛士(=御垣守)の焚く篝火は、夜は燃えて昼は消えている。
まるで、その篝火のように、夜は恋の炎に身を焦がし、昼には消え入るようになって物思いに沈む。
あなたを思い、私の心はかき乱されているのです。
ふ~ん・・・
で?・・・これは何?
融が恋歌・・・まさか、藤宮さまに届けてほしいとか言うんじゃないでしょうね。
まだ諦めてなかったのか・・・
融のくせに、藤宮さまに完全一方通行の片思い。
相手にされる望みなんて無いって、本人だって、わかってるだろうに。
この子ったら、一体どういうつもりなんだろう。
目の前に、のほほんと座るわが弟に、ついつい憐みの眼差しを向けてしまう。
こんこんと諭してやりたいところだけど、あたしも今はそれどころじゃないのよ。
それとも、こういう事は姉として、本人の気が済むまでとことんつきあってあげるべきなのかしら・・・
もう一度、手元の歌に目を走らせる。
衛士の焚く篝火が、夜は燃えて昼は消えている様を詠んで、
胸の内に燃え上がる恋の炎と、消えいるように悩ましく物思う恋心を表現するとはねぇ・・・
とても、このボンクラ融が詠んだ歌とは思えない出来。
もっと現実的な相手に送れば、いい線行きそうなのに。
恋心ってのは、思うようにいかないものなのね・・・
・・・じゃなくて!
今のあたしは、のんきにお歌鑑賞してる場合じゃないのよ。
というのも───
世を騒がせた、例の入道事件───前左大臣、大海入道が、東宮さまを嵌めて陥れようとした事件で、
あたしは陰ながら、その企みを阻止するために命をはって大いに活躍した。鷹男と名乗る正体不明の雑色と共に。
命をはる気は毛頭無かったんだけど、まぁ、結果的にそうなった。
無事、事件の片が付いたと思ったら、なんと、正体がよくわからないと思っていた鷹男こそが東宮本人で、
そんなこと知らなかったあたしは、文字通りひっくり返った。だって、驚くでしょ!そんなの!
そんなこんなで、なんとか事なきを得て、事件は終わり、あたしは平和な日常を取り戻した。
───はずだった。
が、ようやく迎えた高彬との初夜に、
東宮鷹男が、何をどうしたものか、あたし宛に求婚を匂わす直筆の恋のお歌を送ってきたのよ。
東宮さまから、初夜に求婚の恋歌・・・おかげでうちは大騒ぎ。
当然のごとく(何が当然なのか、あたしは納得できていない)高彬との初夜はぶち壊し。結婚は立ち消え状態。
とうさまは、女御入内だなんだと騒いでいるけど・・・
あたしが女御?・・・・・無理無理。
正直に言えば、鷹男には心惹かれた。
格好良くてさ、凛々しくてさ。そりゃ、憧れるわ。
事件の時には、鷹男があたしの絶体絶命の大ピンチに、馬で駆けつけてくれて───
思い出せば、甘くて、ほろ苦い思いがこみ上げて、胸がしめつけられる。
あんな素敵な人、そうそう出会えるもんじゃない。
そんな人があたしに求婚なんて、到底本気とは思えないけど、うれしい気持ちは・・・ある。
ひそかに、舞い上がっちゃいそうな自分がいるという自覚もある。
でも、勘違いしちゃいけない。
あたしが女御になって後宮へ、なんて・・・無理なんだから・・・
そういうわけで、あたしはとても混乱している。状況的にも、気持ちの上でも。
「姉さん、その・・・それ、使っていいから」
「・・・へ?なにが?」
あたしが融の事をすっかり放置して、あれこれ思い巡らせていると、融がおずおずと切り出してきた。
「その歌だよ。歌。
東宮さまへのお返事、まだ送ってないんでしょ?
とうさまがうるさくてさ。
姉さんは知らないかもしれないけど、そういうのは早く返すに越したことはないよ。
東宮さまにすぐにお返事を返さない姉さんの神経が、僕にはわからないよ。
東宮さまのありがたい御歌に、いい返歌が浮かばなくて、思い悩む気持ちはわかるけどさ」
融はもっともらしく頷きながら続ける。
「高彬も残念だったとは思うけど、きっと大丈夫だよ。
あいつなら、姉さんなんかよりいいお相手との縁談が、この先降るように来るだろうし。
う~ん。そう考えると、高彬はなんで姉さんと結婚しようと思ったんだろうねぇ。あははは。
あ!僕と高彬のことは心配しなくていいからね。こんなことで僕たちは気まずくなったりしないからさ」
そう言い残して去っていった。
───はぁぁぁぁぁーーーーーっ?!
お歌の書かれた料紙を持つ手が、ぶるぶると震える。
もちろん、弟の心遣いに感動したからではない。
あのバカ融!!
鷹男へのいい返歌が思いつかなくて、あたしが思い悩んで返事できないと思ったのか。
馬っ鹿じゃないの?!
違う!
あたしは、いい返歌が思いつかなくて、悩んでるんじゃない!
”高彬なら、姉さんなんかよりいいお相手との縁談が、この先降るように来る”??
あっそう。それは結構なことですこと!
なんて、失礼な弟なの!
だいたい、誰があんた達の友情の心配なんかするってのよ!
ほんと、馬っ鹿じゃないの?!
胸の内で、思いつく限りの罵詈雑言を浴びせて、それでもモヤモヤは収まらない。
さっき、脇息を投げつけてやればよかった。
かーーーーっ!もうっ!!腹が立つ!!
何が腹が立つって、どいつもこいつも、相手が東宮だからって、
あたしがすぐさま返事を書き送って、相手の意に添うのが当たり前、と思っていることよ!
ふん!
こうなったら、鷹男に会って、直接文句言ってやる。
ヤケクソ半分、融に渡されたその歌を鷹男に送りつけてやった。
「話があります」と書き添えて。
今のあたしの中で燃え上がってるのは、恋の炎じゃないけどね!
この炎は・・・あれよ!憤懣の炎よ!この胸に渦巻く憤懣!
その夜───
燈台にゆらゆらと揺らめく小さな炎をぼんやりと眺めて、ため息をつく。
昼間のイライラした気持ちもすでに鎮まり、頭が冷えてしまうと、あたしはソワソワと落ち着かなくなった。
───どうしよう・・・
昼間は頭に血が上って、つい勢いのままに、あんなお歌を鷹男に送ってしまったけど・・・
───あたし、これからどうなるの?どうしたいの?
燈台に揺らめく炎を見つめていると、あのお歌が浮かんでくる。
”御垣守 衛士の焚く火の 夜は燃え・・・”
考えてみれば、衛士の焚く篝火を実際に見たことなど無い。
宮中の御門を守る衛士の篝火───夜の濃い闇に浮かぶ炎はどんなだろう・・・
───見に行ってみようか。
それは、ただの思いつきだったけど、思いついたら、居ても立ってもいられなくなった。
嫌がる牛飼いを急かして、牛車に乗り込み、夜の都大路へ。
牛車はゴトゴト進み、やがてガタンと音を立てて止まった。
車の外で、何やら人の話す声が聞こえる。
着いたのかなと思って、物見窓を開けようとしたら、人が乗り込んでくるではないの。
あたしはぎょっとして、慌てて座ったままの体勢で後ろへずりずりと下がるけども、牛車の中で逃げ場などない。
「ちょっ・・・」
声をあげようとしたら、大きな手にふわりと口を塞がれた。
見上げた先には────鷹男?!
鷹男は、唇の前に人差し指を立てている。
大きな声をあげるなということらしい。
「な・・・」なんで、ここに?!
やさしげに微笑んでるけど、び、び、びっくりするじゃないのよ!!
驚きのあまり、まともに口のきけないあたしに鷹男は言う。
「歌を見たから。あなたなら、きっとここに来ると思った。
衛士の焚く篝火を見に来たのでしょう?」
ご名答!
・・・・・じゃなくて!
「あ、あたしは、鷹男に話が!」
「わたしもですよ。あなたと話がしたかった。お会いしたかったですよ。瑠璃姫」
そう言って、鷹男はあたしの手を取り、ぐっと距離を詰めてくる。
なんか調子狂うなぁ・・・もう。
「あたしは・・・」
鷹男の目は、まっすぐにあたしの目を見つめてくる。あたしはうまく見つめ返せない。
「篝火、が、見たい。・・・見ようよ。・・・一緒に」
あたしの口は勝手に、思っていたのとは違う、そんな言葉を紡ぎ、鷹男はひどく嬉しそうに笑った。
───あ・・・鷹男だ。
その笑顔を見て、そう思った。
鷹男の目にも表情にも、まぎれもない親しみが込もっていて、取られた手をさらにキュッと繋ぐように握られたら───
胸がドキドキと高鳴って、落ち着かない。
そんなに無防備な顔見せないでよ。
そんなにうれしそうに笑いかけないでよ。
あたしは怒ってるのよ。
篝火はパチパチと音を立て、うねるように蠢き燃え盛っている。
まるで躍っているような炎の揺らめきから、目が離せない。
でも、心は───隣に立つ鷹男を、繋がれた手を意識して・・・
今さらながら強く感じたことがある。
───そうだ。鷹男は、鷹男だ。
相手が東宮さまだからって、勝手に決めつけてくる周りに腹を立ててたけど、あたし自身はどうだった?
ちゃんと鷹男のことを見ていた?
鷹男は東宮さまだから。
いずれ数多の女御さまや女君が侍るから。
そんなことばかり考えて、送られてきた恋歌も、どうせ本気じゃないって決めつけて、鷹男自身に目を向けようとしてなかったんじゃない?
「あなたが来ると思って、ここへ来た。
あなたに会えて、わたしがどれほど嬉しいか、わかりますか。
この気持ちは、とても言葉では言い表せない」
そう言って、本当にうれしそうに楽しそうに笑う。
あたしの中で、かちり、と音がして、何かと何かが合わさった。
ドクドクと胸の鼓動が高まって───
目に映る炎の揺らめきに、鼓動が重なり合っていく。鷹男と繋いだ手が熱い。
───なに・・・これ・・・?
”鷹男に会えてうれしい”
あたしの心が、胸の中でそう叫んでる。
ドクドク、ドクドク・・・
───どうしよう。
ううん。きっと、こんなの一時の気の迷いよ・・・突然の出来事に驚いてるだけ。
肩を抱き寄せられ、ドクンと大きく胸が跳ねる。
「どうか、わたしの側にいてほしい。
わたしはあなたが好きです。あなたがいないなんて、耐えられない」
心の奥、消えたと思っていた恋の炎が、篝火のように大きくなって燃え上がる。
昼になれば、消えいるような物思いに沈むようになるのかしら?
不肖の弟が詠んだ奇跡の一歌───
これは、もしかして、もしかしてしまうかも・・・
その夜、あたしは三条邸には帰らなかった。
◇◇ おわり
著:ゆほ様
小倉百人一首 049 大中臣能宣朝臣 御垣守 衛士の焚く火の 夜は燃え 昼は消えつつ ものをこそ思へ
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第四十九首はゆほ様の作品です。
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『 恋の百物語 第49首 』
~ 御垣守 衛士の焚く火の 夜は燃え 昼は消えつつ ものをこそ思へ ~
「やぁ、姉さん。こんにちは。はい、これ」
「・・・・・?」
弟の融が、あたしの住む東の対へやって来て、いきなり、持っていた料紙を無造作に手渡してきた。
開いて見てみると、歌が一首、融の下手くそな筆跡で綴られている。
御垣守 衛士の焚く火の 夜は燃え
昼は消えつつ ものをこそ思へ
宮中の御門を守る御垣守(みかきもり)
衛士(=御垣守)の焚く篝火は、夜は燃えて昼は消えている。
まるで、その篝火のように、夜は恋の炎に身を焦がし、昼には消え入るようになって物思いに沈む。
あなたを思い、私の心はかき乱されているのです。
ふ~ん・・・
で?・・・これは何?
融が恋歌・・・まさか、藤宮さまに届けてほしいとか言うんじゃないでしょうね。
まだ諦めてなかったのか・・・
融のくせに、藤宮さまに完全一方通行の片思い。
相手にされる望みなんて無いって、本人だって、わかってるだろうに。
この子ったら、一体どういうつもりなんだろう。
目の前に、のほほんと座るわが弟に、ついつい憐みの眼差しを向けてしまう。
こんこんと諭してやりたいところだけど、あたしも今はそれどころじゃないのよ。
それとも、こういう事は姉として、本人の気が済むまでとことんつきあってあげるべきなのかしら・・・
もう一度、手元の歌に目を走らせる。
衛士の焚く篝火が、夜は燃えて昼は消えている様を詠んで、
胸の内に燃え上がる恋の炎と、消えいるように悩ましく物思う恋心を表現するとはねぇ・・・
とても、このボンクラ融が詠んだ歌とは思えない出来。
もっと現実的な相手に送れば、いい線行きそうなのに。
恋心ってのは、思うようにいかないものなのね・・・
・・・じゃなくて!
今のあたしは、のんきにお歌鑑賞してる場合じゃないのよ。
というのも───
世を騒がせた、例の入道事件───前左大臣、大海入道が、東宮さまを嵌めて陥れようとした事件で、
あたしは陰ながら、その企みを阻止するために命をはって大いに活躍した。鷹男と名乗る正体不明の雑色と共に。
命をはる気は毛頭無かったんだけど、まぁ、結果的にそうなった。
無事、事件の片が付いたと思ったら、なんと、正体がよくわからないと思っていた鷹男こそが東宮本人で、
そんなこと知らなかったあたしは、文字通りひっくり返った。だって、驚くでしょ!そんなの!
そんなこんなで、なんとか事なきを得て、事件は終わり、あたしは平和な日常を取り戻した。
───はずだった。
が、ようやく迎えた高彬との初夜に、
東宮鷹男が、何をどうしたものか、あたし宛に求婚を匂わす直筆の恋のお歌を送ってきたのよ。
東宮さまから、初夜に求婚の恋歌・・・おかげでうちは大騒ぎ。
当然のごとく(何が当然なのか、あたしは納得できていない)高彬との初夜はぶち壊し。結婚は立ち消え状態。
とうさまは、女御入内だなんだと騒いでいるけど・・・
あたしが女御?・・・・・無理無理。
正直に言えば、鷹男には心惹かれた。
格好良くてさ、凛々しくてさ。そりゃ、憧れるわ。
事件の時には、鷹男があたしの絶体絶命の大ピンチに、馬で駆けつけてくれて───
思い出せば、甘くて、ほろ苦い思いがこみ上げて、胸がしめつけられる。
あんな素敵な人、そうそう出会えるもんじゃない。
そんな人があたしに求婚なんて、到底本気とは思えないけど、うれしい気持ちは・・・ある。
ひそかに、舞い上がっちゃいそうな自分がいるという自覚もある。
でも、勘違いしちゃいけない。
あたしが女御になって後宮へ、なんて・・・無理なんだから・・・
そういうわけで、あたしはとても混乱している。状況的にも、気持ちの上でも。
「姉さん、その・・・それ、使っていいから」
「・・・へ?なにが?」
あたしが融の事をすっかり放置して、あれこれ思い巡らせていると、融がおずおずと切り出してきた。
「その歌だよ。歌。
東宮さまへのお返事、まだ送ってないんでしょ?
とうさまがうるさくてさ。
姉さんは知らないかもしれないけど、そういうのは早く返すに越したことはないよ。
東宮さまにすぐにお返事を返さない姉さんの神経が、僕にはわからないよ。
東宮さまのありがたい御歌に、いい返歌が浮かばなくて、思い悩む気持ちはわかるけどさ」
融はもっともらしく頷きながら続ける。
「高彬も残念だったとは思うけど、きっと大丈夫だよ。
あいつなら、姉さんなんかよりいいお相手との縁談が、この先降るように来るだろうし。
う~ん。そう考えると、高彬はなんで姉さんと結婚しようと思ったんだろうねぇ。あははは。
あ!僕と高彬のことは心配しなくていいからね。こんなことで僕たちは気まずくなったりしないからさ」
そう言い残して去っていった。
───はぁぁぁぁぁーーーーーっ?!
お歌の書かれた料紙を持つ手が、ぶるぶると震える。
もちろん、弟の心遣いに感動したからではない。
あのバカ融!!
鷹男へのいい返歌が思いつかなくて、あたしが思い悩んで返事できないと思ったのか。
馬っ鹿じゃないの?!
違う!
あたしは、いい返歌が思いつかなくて、悩んでるんじゃない!
”高彬なら、姉さんなんかよりいいお相手との縁談が、この先降るように来る”??
あっそう。それは結構なことですこと!
なんて、失礼な弟なの!
だいたい、誰があんた達の友情の心配なんかするってのよ!
ほんと、馬っ鹿じゃないの?!
胸の内で、思いつく限りの罵詈雑言を浴びせて、それでもモヤモヤは収まらない。
さっき、脇息を投げつけてやればよかった。
かーーーーっ!もうっ!!腹が立つ!!
何が腹が立つって、どいつもこいつも、相手が東宮だからって、
あたしがすぐさま返事を書き送って、相手の意に添うのが当たり前、と思っていることよ!
ふん!
こうなったら、鷹男に会って、直接文句言ってやる。
ヤケクソ半分、融に渡されたその歌を鷹男に送りつけてやった。
「話があります」と書き添えて。
今のあたしの中で燃え上がってるのは、恋の炎じゃないけどね!
この炎は・・・あれよ!憤懣の炎よ!この胸に渦巻く憤懣!
その夜───
燈台にゆらゆらと揺らめく小さな炎をぼんやりと眺めて、ため息をつく。
昼間のイライラした気持ちもすでに鎮まり、頭が冷えてしまうと、あたしはソワソワと落ち着かなくなった。
───どうしよう・・・
昼間は頭に血が上って、つい勢いのままに、あんなお歌を鷹男に送ってしまったけど・・・
───あたし、これからどうなるの?どうしたいの?
燈台に揺らめく炎を見つめていると、あのお歌が浮かんでくる。
”御垣守 衛士の焚く火の 夜は燃え・・・”
考えてみれば、衛士の焚く篝火を実際に見たことなど無い。
宮中の御門を守る衛士の篝火───夜の濃い闇に浮かぶ炎はどんなだろう・・・
───見に行ってみようか。
それは、ただの思いつきだったけど、思いついたら、居ても立ってもいられなくなった。
嫌がる牛飼いを急かして、牛車に乗り込み、夜の都大路へ。
牛車はゴトゴト進み、やがてガタンと音を立てて止まった。
車の外で、何やら人の話す声が聞こえる。
着いたのかなと思って、物見窓を開けようとしたら、人が乗り込んでくるではないの。
あたしはぎょっとして、慌てて座ったままの体勢で後ろへずりずりと下がるけども、牛車の中で逃げ場などない。
「ちょっ・・・」
声をあげようとしたら、大きな手にふわりと口を塞がれた。
見上げた先には────鷹男?!
鷹男は、唇の前に人差し指を立てている。
大きな声をあげるなということらしい。
「な・・・」なんで、ここに?!
やさしげに微笑んでるけど、び、び、びっくりするじゃないのよ!!
驚きのあまり、まともに口のきけないあたしに鷹男は言う。
「歌を見たから。あなたなら、きっとここに来ると思った。
衛士の焚く篝火を見に来たのでしょう?」
ご名答!
・・・・・じゃなくて!
「あ、あたしは、鷹男に話が!」
「わたしもですよ。あなたと話がしたかった。お会いしたかったですよ。瑠璃姫」
そう言って、鷹男はあたしの手を取り、ぐっと距離を詰めてくる。
なんか調子狂うなぁ・・・もう。
「あたしは・・・」
鷹男の目は、まっすぐにあたしの目を見つめてくる。あたしはうまく見つめ返せない。
「篝火、が、見たい。・・・見ようよ。・・・一緒に」
あたしの口は勝手に、思っていたのとは違う、そんな言葉を紡ぎ、鷹男はひどく嬉しそうに笑った。
───あ・・・鷹男だ。
その笑顔を見て、そう思った。
鷹男の目にも表情にも、まぎれもない親しみが込もっていて、取られた手をさらにキュッと繋ぐように握られたら───
胸がドキドキと高鳴って、落ち着かない。
そんなに無防備な顔見せないでよ。
そんなにうれしそうに笑いかけないでよ。
あたしは怒ってるのよ。
篝火はパチパチと音を立て、うねるように蠢き燃え盛っている。
まるで躍っているような炎の揺らめきから、目が離せない。
でも、心は───隣に立つ鷹男を、繋がれた手を意識して・・・
今さらながら強く感じたことがある。
───そうだ。鷹男は、鷹男だ。
相手が東宮さまだからって、勝手に決めつけてくる周りに腹を立ててたけど、あたし自身はどうだった?
ちゃんと鷹男のことを見ていた?
鷹男は東宮さまだから。
いずれ数多の女御さまや女君が侍るから。
そんなことばかり考えて、送られてきた恋歌も、どうせ本気じゃないって決めつけて、鷹男自身に目を向けようとしてなかったんじゃない?
「あなたが来ると思って、ここへ来た。
あなたに会えて、わたしがどれほど嬉しいか、わかりますか。
この気持ちは、とても言葉では言い表せない」
そう言って、本当にうれしそうに楽しそうに笑う。
あたしの中で、かちり、と音がして、何かと何かが合わさった。
ドクドクと胸の鼓動が高まって───
目に映る炎の揺らめきに、鼓動が重なり合っていく。鷹男と繋いだ手が熱い。
───なに・・・これ・・・?
”鷹男に会えてうれしい”
あたしの心が、胸の中でそう叫んでる。
ドクドク、ドクドク・・・
───どうしよう。
ううん。きっと、こんなの一時の気の迷いよ・・・突然の出来事に驚いてるだけ。
肩を抱き寄せられ、ドクンと大きく胸が跳ねる。
「どうか、わたしの側にいてほしい。
わたしはあなたが好きです。あなたがいないなんて、耐えられない」
心の奥、消えたと思っていた恋の炎が、篝火のように大きくなって燃え上がる。
昼になれば、消えいるような物思いに沈むようになるのかしら?
不肖の弟が詠んだ奇跡の一歌───
これは、もしかして、もしかしてしまうかも・・・
その夜、あたしは三条邸には帰らなかった。
◇◇ おわり
著:ゆほ様
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