ローリン・ヒルやプラス・ミッチェルと結成したヒップホップ・グループ、フージーズとして93年にアルバム『Blunted on Reality』でメジャー・デビュー。中南米やアフリカの音楽を取り入れた独特のスタイルで注目を集め、1996年にリリースした2作目『The Score』はアメリカ国内だけで600万枚も売れた大ヒット作となった、ハイチ共和国のクロワ・デ・ブーケ生まれ、アメリカのニューヨーク育ちのラッパー、ワイクリフ・ジョン。

また、ソロ・アーティストとして2016年までに7枚のフル・アルバムを発表し、プロデューサーとしても、サンタナの『Supernatural』やデスティニーズ・チャイルドの”No No No”を手掛けるなど、多くのヒット作を残している。

このアルバムは、今年の2月にリリースしたEP『J'ouvert』以来7か月ぶり、フル・アルバムとしては2009年の『From the Hut, To the Projects, To the Mansion』以来8年ぶりとなる新作。自身のレーベル、ヘッズ・ミュージックが制作、フージーズや彼のソロ作品を取り扱ってきたソニー系列のレガシーが配給を担当している。

本作の収録曲で、最初に目を惹くのが3曲目の”Borrowed Time”だ。フレンチ・モンタナなどの作品を手掛けているアルベルト・ヴァッカリーノが共同プロデューサーとして参加した曲。シンセサイザーを使ったシンプルなトラックの上で、ラッパーらしい硬い声で淡々と歌ったアップ・テンポの作品。音数を絞った伴奏としなやかで流れるようなメロディのおかげで、カリブ海の音楽の要素を取り入れつつも洗練された印象を与える良曲だ。

だが、一番の目玉は、その次に収められている本作からの先行シングル”Fela Kuti”だろう。アフリカの民族音楽とアメリカの黒人音楽を融合した、アフロ・ビートというスタイルで音楽の歴史に名を残したナイジェリア出身のミュージシャン、フェラ・クティの名を冠したこの曲は、ドレイクの”Ice Melts”などを作ったスーパー・マリオ(この名前も凄い)のプロデュース作。華やかな打楽器の音色が心を掻き立てるアップ・テンポのトラックが格好良い。カリブ海に浮かぶ島国ハイチ出身のワイクリフだが、同地にもカリプソのような明るくキャッチーなビートが魅力の音楽が沢山あるので、違和感はあまりない。ルーツ・ミュージックを咀嚼して現代の音楽のように聴かせる、ワイクリフの持ち味が発揮されている。

一方、この曲とは違う意味で目立っているのが、エレクトロ・ミュージックの分野で有名なプロダクション・チーム、ザ・ノックスが制作に携わり、マイアミ出身のラッパー、ランチマネー・ルイスがゲスト・ミュージシャンとして参加した”What Happened To Love”だ。四つ打ちのビートにバキバキというシンセサイザーの伴奏を組み合わせたEDMのトラックに乗せて、朴訥とした声を響かせるダンス・ナンバー。ヴォーカル曲も多いワイクリフだが、この曲ではメロディ部分のラップを担当、サビをランチマネー・ルイスが歌っている。EDMの要素を取り入れたり、サビの部分をゲストのラッパーに歌ってもらったりと、色々な工夫を凝らすことで、新しい取り組みを自分の音楽に纏め上げる彼のコーディネート技術が光っている。

もちろん、それ以外の曲には従来の作風を踏襲した曲もたくさんある。例えばテディ・ライリーを招いた”Trapicabana”では、ギターなどの楽器の音色と、コンピューターを使ったヒップホップのビートを組み合わせて、ソウル・ミュージックの温かい雰囲気と、ヒップホップやR&Bの現代的な雰囲気を一つの作品に同居させている。このようなアコースティック楽器と電子楽器を共存させたサウンドは、彼の真骨頂と言ってもいいだろう。

今回のアルバムは『J'ouvert』から間を挟まずにリリースされた作品だが、彼の音楽は過去の作品を踏襲しつつ、今までの作品以上に新しいスタイルを積極的に取り入れている。EDMやアフロ・ビートを取り入れたのは、その最たるものだが、どれだけ新しい音を取り入れても、一聴しただけで「彼の音」とわかるのは、カリブ系の音楽やソウル・ミュージックなど色々な音楽の要素が混ざり合った、彼のスタイルがベースになっているからだろう。

往年のソウル・ミュージックや中南米の音楽など、色々なジャンルの音楽を混ぜ合わせ一つにすることで、唯一無二の音楽性を確立した、彼のスタイルを2017年仕様にアップ・デートした佳作。アメリカの豊かな音楽を基本にしつつ、新曲を発表するたびに新しい音を取り込んできた、彼の個性が遺憾なく発揮されていると思う。

Producer
Wyclef Jean, Madeline Nelson, Alberto Vaccarino, Supah Mario, The Knocks etc

Track List
1. Slums feat. Jazzy Amra, H1DaHook Marx Solvila
2. Turn Me Good
3. Borrowed Time
4. Fela Kuti
5. Warrior feat. T-Baby
6. Shotta Boys feat. STIX
7. Double Dutch feat. D.L. Hughley, Eric Nimmer
8. What Happened To Love feat. Lunch Money Lewis, The Knocks
9. Carry On feat. Emeli Sandé
10. Concrete Rose feat. Hannah Eggan, Izolan
11. Trapicabana feat. Riley
12. Thank God For The Culture feat. Marx Solvila, J’Mika, Leon Lacey