フランク・オーシャンシド(現在は離脱)、マット・マーシャンなどが所属するヒップホップ・クルー、オッド・フューチャーなどの作品に客演したことで名を上げた、カリフォルニア州ロング・ビーチ出身のラッパー、ヴィンス・ステイプルスことヴィンス・ジャマル・ステイプルス。

2011年には、自身の名義で発表した自主制作のミックス・テープ『Shyne Coldchain Vol. 1』もヒット。その後も、2枚のミックス・テープと多くの客演作品で高いラップ技術を発揮していた彼は、2013年にヒップホップの名門デフ・ジャムと契約。2015年に、アルバム『Summertime '06』でメジャー・デビューを果たした。同作は、R&Bヒップホップ・チャートで3位、ラップ・チャートで2位を獲得、複数の批評サイトで同年を代表する作品として取り上げられている。

今回のアルバムは、2年ぶりの新作となる2枚目のオリジナル・アルバム。ノーI.D.が収録曲の大半を手掛けた前作に対し、本作ではザック・セクオフやクリスチャン・リッチなど、多くのプロデューサーが参加。ゲスト・アーティストにもボン・イヴェール(メンバーのジャスティン・ヴァーノンはプロデュースも担当)や、デーモン・アルバーン、ケンドリック・ラマーなど、バラエティ豊かな面々が並んでいる。

アルバムのオープニングを飾る”Crabs In A Bucket”は、アメリカのロック・バンド、ボン・イヴェールと、フロリダ州オーランド出身のシンガー・ソングライター、キロ・キッシュをフィーチャーした作品。ザック・セクオフとボン・イヴェールのジャスティン・ヴァーノンがプロデュースしたトラックは、意外にもガラージ。高速のビートに乗って次々と言葉を繰り出すヴィンスのラップは、ガラージの本場イギリスのミュージシャンにも見劣りしないものだ。キロ・キッシュの透き通ったヴォーカルも、楽曲の雰囲気とマッチしている。彼の多芸な一面を垣間見れる曲だ。

これに対し、クリスチャン・リッチがプロデュースを担当。ジューシーJをゲストに招いた”Big Fish”は、シンセサイザーを駆使したモダンなトラックが印象的なヒップホップ・ナンバー。電子音を多用したビートは、リル・ウェインやウェイルといったトラップ寄りアーティストの作品で頻繁に登場しているが、彼らの曲と比べると、この曲はオッド・フューチャーなどの正統派ヒップホップ・アーティストの作品に近い。電子楽器を用いて、王道のヒップホップを新鮮に聞かせるプロデューサーの技術も凄いが、それをきちんと乗りこなす二人のスキルも見逃せない。

また、マイアミ発のプロダクション・チームGTAがトラックを制作した”Love Can Be…”は、”Crabs In A Bucket”と同じガラージ・スタイルのアップ・ナンバー。ゴリラズのアルバム『Humanz』に収録されている“Ascension”で共演したデーモン・アルバーンや、アトランタ出身のラッパー、ゴリラ・ズー、”Crabs In A Bucket”でもコラボレーションしているキロ・キッシュが参加した豪華な作品だ。鋭いサウンドの”Crabs In A Bucket”に対し、こちらは柔らかい音色を使った洗練されたトラックが印象的。4人の個性溢れる歌唱も楽曲に彩を添えている。

そして、本作の最後を締める”Rain Come Down”はロス・アンジェルス出身のラッパー、タイ・ダラ・サインをフィーチャー。ザック・セクオフが手掛けたトラックは、2ステップなどの要素を盛り込んだ、エレクトロ・ミュージック寄りのものだ。その上で軽妙なラップを聴かせるヴィンスと、甘い歌声を響かせるタイ・ダラ・サインのコンビネーションが光っている。アメリカのヒップホップには珍しいタイプのトラックを、きちんとアメリカ向けにローカライズしている点は面白い。

今回のアルバムは、ロック畑やエレクトロ・ミュージックのミュージシャンを招き、楽曲の幅を広げている点が特徴的だ。しかし、色々なサウンドを取り入れながらも、きちんとヒップホップとして楽しめるのは、ひとえにヴィンスの高いラップ技術のおかげだろう。個性豊かなトラックを難なく乗りこなすヴィンスのスキルのおかげで、斬新なサウンドもアメリカのヒップホップの一部に落とし込めていると思う。

ディプロやカルヴィン・ハリス、ブラッド・オレンジなど、色々な分野のミュージシャンがヒップホップやR&Bを取り込んだ作品を発表しているが、ヒップホップのアーティストが色々なジャンルの音楽を吸収し、自分達の音楽の糧にした作品は珍しい。23歳(本作のリリース時点)の若い感性を生かし、柔軟で鋭い感性が光る、新鮮なヒップホップ作品だ。

Producer
Corey "Blacksmith" Smythm Justine Vernon, Christian Rich, GTA, Jimmy Edgar

Track List
1. Crabs In A Bucket feat. Bon Iver, Kilo Kish
2. Big Fish feat. Juicy J
3. Alyssa Interlude
4. Love Can Be… feat. Damon Albarn, Gorilla Zoe, Kilo Kish
5. 745
6. Ramona Park Is Yankee Stadium
7. Yeah Right feat. Kendrick Lamar
8. Homage feat. Kilo Kish, Rick Ross
9. Samo feat. ASAP Rocky
10. Party People
11. BagBak
12. Rain Come Down feat. Ty$





BIG FISH THEORY [CD]
VINCE STAPLES
DEF JAM RECORDINGS
2017-06-23