50年代にデル・リオスの一員としてデビューして以来、主にソロ・シンガーとして、ディレイテッド・ピープルズが”Worst Comes To Worst”でサンプリングしたことで、若い世代からも注目を集めた“I Forgot To Be Your Lover”や、ジュディ・クレイとのデュエット曲”Private Number”など、多くのヒット曲を残している、テネシー州メンフィス出身のシンガー・ソングライター、ウィリアム・ベル。彼にとって通算14枚目となるスタジオ・アルバムが本作だ。

繊細なメロディからダイナミックなメロディまで、どんな曲でも自分の色に染め上げる歌唱力と、噛めば噛むほど味が出る、スルメイカのように味わい深いフレーズを生み出す作曲技術を兼ね備えているにも関わらず、同時代に活躍したシンガーと比べて知名度が低い彼。その最大の不運は、生まれた時代が悪かったことだとろう。60年代から70年代中盤にかけて、主にメンフィスのスタックス・レコードを舞台に、多くの作品を発表していた彼だが、この時代のスタックスには、オーティス・レディングやジョニー・テイラー、アイザック・ヘイズといったポピュラー・ミュージックの歴史に多くの足跡を残す名シンガー達が在籍し、人種の枠を超えて愛される名曲を残していた。そんな不運もあり、彼の評価は、その作品のクオリティに比べて、低かったように思える。

あれから40年、2006年の『New Lease on Life』から10年ぶりとなる新作は、コンコード傘下で復活したスタックス・レコードからのリリース。現在のスタックスは、リーラ・ジェイムズのような中堅から、アンジー・ストーンのようなベテラン、リオン・ウェアのような大御所まで、新旧の実力派シンガーの作品をリリースしている、現在では希少な黒人音楽中心のレーベル。彼の作品でも、同社のブランドと彼の実績を裏切らない、魅力的なソウル・ミュージックを聴かせてくれる。

今回のアルバムは、ニューヨーク出身のシンガー・ソングライター、ジョン・レヴンサルがプロデュースした作品。カントリー・ミュージック畑出身の彼は、プロデューサーやソングライターとして、これまでにもミッシェル・ブランチやシャウン・コルヴァンなどの楽曲を手掛けている、ルーツ・ミュージックに強いアーティスト。ベテランのソウル・シンガーが、ロックやカントリーのミュージシャンの力を借りて新作を録音するというパターンは、ブラック・キーズのダン・オーバックが手掛けたドクター・ジョンの2013年作『Locked Down』や、シー&ヒムのM.ワードが携わったメイヴィス・ステイプルズの2016年作『Livin' On A High Note』など、近年特に目立っているが、本作の場合は、ウィリアム・ベル自身が積極的にペンを執り、自身のカラーを存分に発揮した曲をベースに、ジョンがルーツ・ミュージックのDNAを吹き込んだ、60年代のソウル・ミュージックを現代風にアレンジした作品に仕上がっている。

アルバムの1曲目”The Three Of Me”は、ジョンの繊細なギター演奏と、ウィリアム・ベルの貫禄たっぷりな歌唱が魅力的なミディアム・バラード。オーティス・レディングのようにはじけ飛ぶようなエネルギーはないが、ベテランらしい緩急をつけた豊かな歌声が堪能できる名曲だ。

続く”The House Always Wins”は、ジョニーのセンスが光るカントリー色の強いアップ・ナンバー。ブッカー・Tを彷彿させるオルガンの演奏をアクセントにしつつ、ベルの渋い歌声を惜しみなく聴かせる、大人っぽい雰囲気の楽曲だ。

それ以外の曲では、69年に発表した”Born Under A Bad Sign”のリメイクが独特の存在感を示している。荒々しいエレキギターの伴奏をバックに歌う、カントリーとブルースの折衷案みたいなミディアム・ナンバー。これまでの曲ではあまり聞けなかった、ドスの効いた威圧感たっぷりのヴォーカルが格好良い。柔らかい歌声の曲が多い本作の中では、異彩を放っている曲だ。

そして、絶対に見逃せないのは、繊細なギターの演奏に乗せて丁寧な歌を聴かせる”All The Things You Can't Remember”だ。”I Forgot To Be Your Lover”のフレーズを引用したこの曲は、彼が活躍した時代を振り返りつつ、当時の音楽のイメージに縛られることなく、現代のトレンドや録音技術に合わせて、泥臭いヴォーカルとスタイリッシュなサウンドを一つの音楽に融合している。

彼自身がインタビューで述べているとおり、このアルバムは新しいことに挑戦したアルバムではない。むしろ、過去の蓄積を活かして、自分ができることをやり切った作品だと思う。だが、それはマンネリという意味ではなく、サザン・ソウルからディスコ音楽、シンセサイザーの普及にバンド・サウンドへの再評価と、色々な音楽が流行しては廃れていった40年間を振り返り、そこで経験したことをフィードバックした。彼の集大成という方が合っていると思う。

16枚目のアルバムで初のグラミー賞という結果も納得の内容。オーティスやヘイズのように、一つの流行を生み出すことはなかったが、細く長く活躍してきた50年以上の音楽生活で積み重ねてきた経験が熟成し、一つの作品の中に収束した。味わい深い作品だ。

Producer
John Leventhal

Track List
1. The Three Of Me
2. The House Always Wins
3. Poison In The Well
4. I Will Take Care Of You
5. Born Under A Bad Sign
6. All Your Stories
7. Walking On A Tightrope
8. This Is Where I Live
9. More Rooms
10. All The Things You Can't Remember
11. Mississippi-Arkansas Bridge
12. People Want To Go Home





This Is Where I Live
William Bell
Stax
2016-06-03