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堂場瞬一「ヒート」

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日本男子マラソンの長期低迷傾向に歯止めをかけるべく、神奈川県知事の号令のもと新設された「東海道マラソン」。県庁職員の音無は日本陸上界の至宝・山城悟のペースメーカー役に、孤独なランナー・甲本剛を起用する。果たして世界最高記録達成はなるか。数多の人間の欲望と情熱を乗せたレースは、まさかの展開に―。箱根駅伝を描いた『チーム』の続編。
(「BOOK」データベースより)

シリーズの二作目を、そうと知らずに読むと、途中で人は親戚のオバチャン化する。
“読者あるある”でしょうか。それとも私だけでしょうか。
 

「ヒート」は、箱根駅伝学連選抜チームを描いた堂場瞬一「チーム」の二作目にあたります。
で、初読の際にはそうと知らずに読み始めた私。小説は新しいマラソン大会『東海道マラソン』の準備室長に任命された神奈川県庁公務員・音無さんの描写からはじまりますので、これが箱根駅伝に関わってくるとは気付かない。
 

ああそうですか。東海道マラソンで世界記録を打ち出したいんですね。まあ確かに世界新が出たら箔がつくでしょうねえ。
そのために、最高速で走れるマラソンコースを設定したいんですね。そりゃ山あり坂ありだったら記録は伸びませんものねえ。
なおかつ世界新は日本人であって欲しいんですね。うーん、ちょっとそれは難しいかもしれませんねえ。最近のマラソン界の低迷を考えるとねえ。
 

あ、居るんですかそうですか。実業団所属の山城悟さん。ほうほう日本人ではじめて二時間五分台に突入した、オリンピックのメダル候補なんですかそうですか。
既に山城さんはマラソン日本記録ホルダー、なおかつ記録更新中なんですか。それは期待が持てますねえ。
 

性格は…ああねえ、トップクラスのアスリートに居がちな、ワガママ傲慢ビッグマウス系の人なんですか。自分の肉体が唯一の友達、勝つことだけが全て、ってタイプ、居ますよねえ。
堂場瞬一の小説でも居ましたよそんな人。いやいつも堂場スポーツ物では定番なんですけどね。長距離陸上では箱根駅伝で9区を走った、名前は確か、山、し、ろ…。
 

やっだぁ悟くんじゃないの~!あら久しぶりねえ~!まぁ大きくなっちゃって~!
 

そうと気付いた時、読者は漏れなく親戚のオバチャン。山城くんの肩をばっしんばっしん叩きたくなる。
そう思うのは、私だけでしょうか。

レースへの招待?冗談じゃない。自分が走るレースぐらい自分で選ぶ。誰かに面倒を見てもらう必要などないのだ。自分で決めて練習スケジュールを練り、目標を確実に射止める——そこに、他人が入りこむ余地はない。マラソンは自分との戦いだ。分からないことがある時だけ、誰かに聞けばいい。何から何まで他人任せにしている選手には、最後の壁は突き破れない。

「ヒート」はビッグマウス山城くんと、企画室長を押し付けられた悲運の中間管理職・音無さんと、ペースメーカー契約を余儀なくされた不遇のランナー・甲本さん、三者の姿をほぼ均等に描いていきます。
どこに焦点を置いても、面白い。音無さんに集中して、運営サイド側からの大会企画のあれこれを疑似体験するも良し、甲本さんに集中して、ペースメーカーを命じられたランナーのプライド、挫折、意地に胸絞られるも良し。
小説内にビッグマウス山城が存在していなかったとしても「ヒート」の面白さは欠けることはありません。
 

だがしかし。当ブログの中では、成長した甥っ子(?)山城くんに主眼を当ててお話しましょう。
なにせ私、箱根駅伝が好きなもんでねえ。

どんなことをしても無駄だ。何かをやる時、自分の内側から溢れ出してくる欲望以外の物に動かされることはない——例外は、人生でたった一度だけだった。あれはあまりにも特殊な状況であり、それ故に今でも忘れ難い出来事になっているが、二度はない。

山城くんがこれまでの人生でただ一度だけ、人との絆を感じ、自分のためだけでなく人のために走ったのが、箱根駅伝。
大学を卒業した後でもその思い出は心に深く刻まれて、今でも毎年1月3日には大手町ゴール地点まで足を運んでいるそうです。でもいつも一人で、当時の仲間の顔を見かけても声もかけない、かけさせない。
んもう~悟くんはねぇ~、お堅いところが困っちゃうわよねぇ~。
 

そこで、何としてでも山城くんを東海道マラソンに引っ張り出そうとする運営側は、当時の学連選抜メンバーを秘かな刺客として送り込みます。
リーダーの浦くんとかね。アイツなかなかえげつない手を使ってくれるぜ。さすが社会人にもなると汚れちまうなぁおい。
あとは監督の吉池さんとかね。この人も食えないジジイですわ。あ、吉池さんは対山城くん以外にも、とあるところで影響力を発します。ビバ口八丁手八丁!20代前半の若造を転がすなんて屁でもないぜ!
 

しかし「チーム」の学連選抜メンバーは今でも仲がおよろしいらしく(山城以外)年一回は集合して当時の箱根中継の録画を、一日ぶっ通しで鑑賞(!)する会を行っているそうです。すごいな。箱根の二日間分を一日で視聴しようと思ったら朝から夜まで一日がかり。CMや余分な『箱根駅伝今昔物語』コーナーは飛ばすとしても、10時間以上は軽くかかります。いや、楽しそう。
 

それでね、ひとつだけ残念なことといえば「チーム」の第5区走者であるオリビエ・門脇・ポプランが「ヒート」では登場しないという点です。
『新たな押しメンの登場よ!』と女子の皆さんにアジテートした門脇くん。彼は郷里の長野県で高校教師になり、いまでは陸上部の顧問をやってるとか。
 

「チーム」の仲間たちの姿を見て懐かしくもなりつつ、山城くん本人についても、読み進めるに従って段々と、単なるビッグマウスだけでない彼の信条が透けてまいります。

マラソンは、あまりにも過保護になり過ぎた。本当はもっとシンプルで、人間の基本的な力だけが験されるスポーツのはずなのに。計量シューズ、高速コース、ペースメーカーの積極的な利用……人為的な要素が、マラソン本来の野性味を奪っていく。そう、今のマラソンにないのは野性味だ。マラソンは本来、戦争に起因するものである。マラトンの伝承を知る人間は、事務局には誰もいないのか。

自分の世界記録更新のためだけに仕組まれたマラソン大会と知り、納得がいかない山城くんが大会をブチ壊してやろうと企む。
そしてペースメーカーの甲本さんは、ペースメーカー契約を結びながら、あるドンデン返しをくわだてる。
神奈川県庁の音無さんは、マラソン大会のつつがない運営に心配りながら、一陸上ファンとしての心情に焦燥する。
 

そして、さてさて47.195キロ。
彼等の走りはどうなるか。
周囲の人間は、どうするか。
 

箱根駅伝も楽しいけど、マラソンも楽しい。ラスト50メートルでどうなるか、と、その後の彼等はどうするか。
 

その答えはシリーズ3作目「チームⅡ」にあります。あります、って言いつつまだ3作目を読んでいない私よ。どうなるの?どうするの?これから一体どうなるの?
 

早く「チームⅡ」を読まなくちゃ。
押しメン門脇くんが登場するかが、今一番きになるところ。

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