村上春樹の新作が出版されますね。
私は好きです。
デビュー作の「風の歌を聴け」やその次の「1973年のピンボール」….高校の時に読んで一気に引き込まれました。
アンチも多いですね。笑
でも、あの世界観は注目すべきものがあると思うのです。
その後の作品もなんだかんだで、全部読んでます。それこそエッセーまで。笑
私の中のベストは、「世界の終りとハードボイルド・ワンダーランド」ですね。まさに堅実意識と潜在意識の重なるようで、重ならない、パラレルな世界観が言葉にならない雰囲気を作っているのがいいです。設定がSFチックというのもありますけどね。笑
これは、音楽のアーティストにも言えることなのですが、高次の世界からこの世を見たときの感じを判りやすく文章にすると、こうなるんだろうな、という感じなんですね。
どの作品も、主人公は「僕」なことが多いのですが、その「僕」が自分を含めて見ている情景は、非常に客観的なんです。
その中で、「僕」が感じている感情は、もし自分だったらかなり激しいものだったりするのですが、文体は非常に淡々。
それが、オシャレに見えるんでしょうね。笑
確かに、「僕」は、たびたび、「やれやれ…」とぼやきますが、その「やれやれ」を外側から見ているので、悲壮感もなく絶望感でもなく、淡々とした「現象」で表されているのです。
これって、自分を客観視することそのものなんですねよね。
物語の中では、登場人物それぞれ、いろんな背景を抱え、なんとかやっている人ばかりです。
裕福かそうでないかは関係なく。
でも、それを映し出す文章は、あくまで客観なんです。
それを、おしゃれ、かっこいい、素敵、と感じることが出来るのは、俯瞰で観ているからなんですね。
ということは、自分も俯瞰で、客観で、観ることができるということなんですよ。
今ネットで流行ってる、村上春樹っぽく書いてみれば…。
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僕の財布の中には、千円札が二枚と小銭がいくつか。
その財布の中身を眺めながら、溜息が出てきた。
「やれやれ。これで何が出来るっていうんだい。」
財布の中身を見るのことに絶望した僕は、ともかく、まずはスパゲティを茹でることにした。
ラジオからはジムペティが、しゃがれた声で、おそらくはギブソンのアコースティックギターを
かき鳴らして叫んでいた。
僕は、ニンニクをみじん切りにし、オリーブオイルをフライパンに落としながら、
ふと、彼女の指先を思い出していた。
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とまあ、こんな感じでしょうか、笑
財布に二千円しかなくって、まあ、おろしてくればいいじゃん!と思うかもしれませんが、このシチュエーションが、もう口座も空っぽで、ほんとに手持ちが二千円でも、これが成り立つわけです。
何が言いたいかといえば、自分の主観も含めて見かたが変われば、それほど悲惨じゃないし、それを、俯瞰、客観でみることで、全く見かたが変わるのだよ、ということなのです。
村上春樹は、確かにバブル期絶頂の時に花開いた人です。
でも、その小説に出てくる人たちは、そんなバブル時代に浮かれていた人達とは正反対にいる人達ばかりです。
確かに、とんでもない金持ちや権力者も出てきますが、その人達も決して浮かれた人生を送ってきた人ではないわけで….。
なんか、物の見かたを図らずも教わったきがするなぁ、と思ったのでした。
あ、一つ注意点としては、その物語の「僕」、つまり自分はその状況の中でもがいてもがいて、困惑して、ある時、気が付いて、っていうのを繰り返して必死にやっているのは、お忘れなく。
それを、客観的に俯瞰で観ることが大事、ということなのです。
そんな想いをもって、ガイド達は私達を見守り、助けてくれているんです。
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