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プロフィール

百海

Author:百海
百海(ももみ)と申します。ホミンペンです

ブリキの涙(3)



お互いの咀嚼する音だけが冷たいオフィスに響く

他人と食事はユノでもしょっ中あることで、
だけどすべてビジネスでのそれだった。

こうやって、ただ誰かと食事をするという習慣がユノにはない。

それにしても、その味の素晴らしさと言ったらなかった。

この辺りはビジネス街で、いい食材を売っている店なんかないだろうに。

料理は素材だと誰かが言っていたけれど
結局は料理人の腕なんだな、と思った。

何か感想を言ったほうがいいのか、とも思ったけれど
作ったのは所詮ロボットなんだと、ユノは結局何も言わずに食事を終えた。

食器は当たり前のようにロボットが片付けた。
小さい食洗機を何回も使い、片付けていた。

その水道から水が流れる音がどこか懐かしく

ロボットだとは知っていても、そのなで肩の後ろ姿には癒されるものがあった。

もしかしたら、ロボットだからこそ
自分は何の気も使わずにいられるのかもしれない

自分を値踏みすることもなければ
バカにすることもない

ひたすら任務の遂行をしているのだ

ユノは少しだけ、ロボットというのもいいなと思った。

しかもその仕事の速さのおかげで
意外と自分には時間があるものだと知った

今夜も家に帰れそうだ。

誰が待つわけでもないけれど。

片付けを終えたロボットが時間を見て
充電するために椅子に座る

なんの躊躇もなく、自分のうなじにコードを差し込んでいる

「本日はこれで終了ですね」

そう言って微笑み、目を閉じる

こんな掃除機みたいに充電されることに
なんの疑問も持たないなんて

ロボットをただのオフィス機器の一部だと考えていたユノは、そんな部屋の隅に充電設備を置いたことを少しだけ後悔した。

「じゃ、帰るから」

「お疲れ様でした」

優しい澄んだ声に後ろ髪を引かれていることに
ユノは気付きたくなかった。


それは夜中のことだった。


結局家でも遅くまで仕事をしていたユノがシャワーを浴びていると
ふと、バスルームのライトが消えた。

「?」

スイッチを入れたり切ったりしてもどうにもならない。

ユノはバスローブを羽織ってスマホを見た

地域のニュースアプリを確認すると
かなりの範囲で停電が発生しているとのことだった。

原因は落雷だった

この時代に落雷程度で停電するなんて
どうにかしてくれよ

雷…

ユノは慌てて接続している電子機器を確認した。

進化しすぎた文化はバックアップをとることには長けていても、機器を強靱にすることはおざなりだ。

え?

あ…



ロボットは…


ショートしていたりしないだろうか。
落雷があのビルの側だったりしたら

ロボットにはかなりの電流がながれてしまう

負荷がかかりすぎたら
大変なことになる

ふと、部屋を出るときにみた、あのロボットの笑顔が浮かんだ

ユノは急いで服を着ると
車のキーを掴んだ


どうか無事で…


近年にない広範囲の停電だったせいか
交通網は乱れ、夜中だというのに道路は渋滞していた。

信号も消え、街の灯りも消えていた。

警官に問えば、落雷は一箇所ではならしい

ユノは不安になった。
あのロボットは…

オフィス街まで来たところで、
あまりに動かない道路に嫌気がさしたユノは
車を停めるスペースを探すとすぐにおりて道路を走った。

ショートしてたらどうしよう
かわいそうに

オフィスに置き去りにするのは
やっぱり良くない


ユノはビルまで走って来たけれど
エレベーターが動いていないことに気づき
裏手に回り、階段を駆け上がった

ドアにたどりつき、急いでカードキーでロックを外す。

肩で息をしながら転がりこむように入ってきたユノを迎えたのは、驚いたように目を見開くC-218だった

ロボットは1人窓辺に佇んでいた。
夜の停電の景色でも見ていたのだろうか

「お前…充電は?」

「あ、落雷を感知して…」

「自分でコードを外した?」

「はい…電流が危険なので…」

「そう…か…」

「あの…チョン様…」

「……」

ユノはまだ肩で息をしていた。

「いや…無事ならいいんだ…」

「もしかして…心配してくださった?」

「心配?…ああ、俺のデータがね…心配で…」

「……それは大丈夫ですので。ご心配なく」

「あれだ、あのさ…充電できないぞ、今停電で」

「3回分くらいは蓄電池があります。」

「そう…か…」

「……」

「なら…いいんだ…」

「……」

「じゃあ…な…」

息の治らないまま、ユノは部屋を出ようとした。

「あの!」

ロボットが少し高い声を出す

ユノが振り向くと、切ない表情でC-218は
少しモジモジとしながら近づいて来た

「コーヒー淹れるので飲みませんか?」

「……」

「うんと甘くします。ミルクもたっぷり入れます」

ユノは苦笑した。

額には汗が光り、すっきりとした眉目に
形のいい鼻ときれいな顎のライン

ロボットが初めて見るユノの笑顔だった

「ああ、一杯頼む」

停電で真っ暗な室内に、外からの非常灯がほんのり差し込んでいた。

ガスの小さな炎と、ユノが点けたロウソクの灯り

コンクリートの殺風景なオフィスに温かな光が入り、
ロウソクの炎が揺れるたびに、ユノとロボットの影も揺れる。

静かだった

コト…とマグカップをデスクに置く音が少し響く。

淡い光はユノの端正な顔立ちに陰影を作り
長い前髪をゆるやかにかきあげたようなスタイルが
独特の色気を漂わせている

まるで人間のような、いや、やはり人間にしては出来過ぎな造りの美しいC-218が両手で自分のマグカップを包む。

その長い睫毛に縁取られた大きな瞳が優しく伏せられていく様をユノはじっと見つめた。

なんのために

こんなに美しく造ったのだろう

人を癒すための…ロボット


「名前をつけようか」

ユノの低い声が室内に響く。

不思議そうにロボットはユノを見つめる

「あ、C-218は呼びにくくてさ」

ゆらゆらと揺れるロウソクの炎に照らされて
ロボットは嬉しそうに微笑んだ

「名前、欲しいです」

「どんな名前がいいんだ?」

「なんでも。お好きにつけてください」

「んー」


あの営業の若い男が「チャンミン」と名付けてくれと言ってたな。


「チャンミンにする」


「チャンミン?」

その時、ロボットの中で
何かが小さく爆発したような
何かがガタガタと崩れていくような
かなりの衝撃があった

「いやか、その名前」

「…いえ…それがいいです
そう呼んでいただければ…」




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