テリアン・グールと名乗る怪盗おばちゃん
名前はテリアン・グール。
もちろん本名ではない。
自分でそう名乗っていた。
仮の出身地は和歌山県だ。
本当はマテリアル・ガールと言いたいのでは?という噂もあったが、テリアン・グール以外の発音は聞いたことがない。
驚くことなかれ、このおばちゃんの職業はなんと『怪盗』なのだ。
自分でそう明かしていた。
仮の姿はピザ屋だ。
彼女は何を盗み返しに行ったのか
当時小学生だった俺達に万引きや窃チャ(自転車泥棒)などを教え、タバコや酒も飲ませてくれた。
カブ(トランプ)や麻雀などの遊びも教わった。
『マドンナ』という名の秘密組織を作り、俺達は知らない間にその一員にされていた。
会長兼世紀の怪盗テリアン・グール。
末端構成員は俺達7人。
秘密なのに、なぜか会員カードが渡された。
しかも、テリアン・グールの顔写真入り。
俺達以外に深く関わっていた奴はいないはずだが、会員数という欄のところには『100万人突破!』と派手に書いてあった。
99万9993人は何処にいたのか。
働く時は、「週明けと週末って、つまり休日なんだよね」がモットー。
俺達ガキ相手にそう説いていた。
しかし、ピザ屋では届ける途中でつまみ食いをしていたらしく、ある日泣いて帰ってきた。
俺達が慰めに行ってみたら、店長らしき相手と電話でバトル中。
電話を切った後、おもむろに日記に書いた言葉は『テリアン激怒!』。
なぜかその後もそこに勤めていた。
口癖は、「それは小さなミステイク?いいえ、それはきっと・・・」という変なフレーズ。
元ネタがあるのか知らないが、きっと・・・でいつも必ず途切れる。
口癖なのに、言い慣れないのかたまに噛む。
ミステイクを変な発音で言うので、ミッティンとしか聞こえない。
電話をかけて最初に言う言葉は、「もしもし、テリアンですけど」。
理解している人以外にはほとんど通じないため、挫折して本名を言ってしまう。
かかってきた時は、「合い言葉は?」。
俺達はよくかけていたが、合い言葉はその時によって変わるうえ、テリアン・グールが「昨日何時に寝た?」とか、「今見てるテレビ番組は?」と、完全にクイズだった。
漫画キャッツアイの話をすると、マジ切れする。
「盗みも見た目も自分の足元にも及ばない」と言い張る。
非常に残念だが、見た目は本当だった。
しかし、若さがない。
切れるわりには、やたらキャッツアイには詳しかった。
テリアン・グールには毎年かなりの数の年賀状が届いていた。
意外に友達は多いのか・・・と思っていたが、自演だった。
ただ書いて自分の家のポストに入れただけ。
しかも、テリアン・グールの名は一切ない。
だが、こちらに出す葉書には、テリアン・グールの名で送ってくる。
律儀に毎年出してくれていたが、その名では届かないかもと不安だったのか、これもわざわざ自己配達。
家に遊びに行くと、いつも違う職業の服を着ている。
どれもこれも一発でコスプレと分かるような雑な出来。
「盗んできたに決まってるじゃない」と言っていたが、自作と判明。
婦警の格好をしていた時、俺達にのせられて外へ出たことがあった。
前方から自転車で来た警備員だか誘導員だかの姿を見るや、すぐさま逃走。
警察だと思ったのか。
「ルパンを見習って国家権力をいいようにあしらってみせてよ!」と言ったことがあるが、テリアン・グールは鼻で笑った。
「あたしにこの国を盗れっていうの?ははは、こんな国いらな~い」
長らく偉大な怪盗として俺達に夢を与えてくれていたテリアン・グールだったが、ある日に突然、俺達の前から去っていく事となった。
保護者の間では猛烈に嫌われていたが、俺達ガキの間ではまさに伝説だった。
見送りに行った時、なんとはなしに聞いてみた。
「仕事の都合かなんかで行っちゃうの?」と。
ピザ屋のバイトにそんな都合があるのかは知らない。
テリアン・グールは答えた。
「ずっと盗まれていた娘の命をやっと見つけたのよ。早く盗み返してやらなきゃ」と嬉しそうに。
テリアン・グールが一人娘を亡くしているという事実を知ったのは、かなり後になってからだった。
彼女は何を盗み返しに行ったのか。
今も時々思い出す。
(終)
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