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    親子チョコ💗(500冊以上の良質な書籍のご紹介)

    子どもたちの教育のため、また、その親である私たち自身が学ぶための、読まれるべき良質な書籍のみをご紹介させていただきます。

     >  日米関係 >  ついに第三段階へ  ~  21世紀の世界をリードする「日米同盟」

    ついに第三段階へ  ~  21世紀の世界をリードする「日米同盟」

    安倍総理 トランプ 10
    日本国とアメリカ合衆国との間の相互協力及び安全保障条約(にほんこくとアメリカがっしゅうこくとのあいだのそうごきょうりょくおよびあんぜんほしょうじょうやく、英:Treaty of Mutual Cooperation and Security between the United States and Japan、昭和35年条約第6号)は、日本国とアメリカ合衆国の安全保障のため日本にアメリカ軍(在日米軍)が駐留することなどを定めた二国間条約のことである。1960年(昭和35年)1月19日に、ワシントンD.C.で締結された。いわゆる日米同盟の根幹をなす条約






    戦後の日本人は、正しい歴史を学校で教わって来ませんでした。

    そして、現代のメディアもまた、嘘の情報を流し続けています。

    私たち日本人は、親日的な立場に立ち、正しく認識し直し、

    客観的に情勢を判断する必要があります。

    それでは、この書物を見ていきましょう!




    『 今でも、最初に日本へ来た日覚えています12歳からこの日を期待していました。これは私が大人として考え始めた歳でした。

    44434604-崖の端に座って、本を読んで男

    この歳に【日本帝国陸軍山下奉文大将の伝記】を読みました。

    山下奉文(やましたともゆき)
    山下奉文(やましたともゆき)

    その本の最後に、【処刑される直前に、彼が息子さんへ書いた手紙】がありました。勿論、【その死刑判決は不当】でした。

    ポイント 女性

    アメリカ人の場合なら、その最後の手紙では判決は酷い不当であるという事ばかり書きます

    驚き顔

    しかし【山下大将はその様な事を書きません】でした。

     彼は、【息子にこれから家族の大黒柱として生きる義務があり、これから母と兄弟の面倒を見る必要がある、そう書きました】私は驚きました【なんと高潔な人でしょう】どの様な国で、この様な素晴らしい人生まれて育つことが出来るのだろう?これが私の日本に対する魅力のきっかけでした。

    女性 嬉しい うれしい 

     最初に日本へ来た時、私は新米の海兵隊員で、山口県岩国基地に来ました。アメリカの基地の門を出て、外の日本の街を歩くと、すぐに【日本への帰属意識】を感じました。【地球上で、日本が私の場所で、私の永住の地である】と、すぐに分かりました。それは実に不思議な感覚でした。まだ日本語が出来なくても、日本人の日常生活の行いを見て、何をしているのか理解することが出来ました。

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    岩国観光振興課  女子が行くフォトドライブコース
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     徐々に日本語を覚えて、日本の社会はどのように機能するのかを学びました。それは私が生まれ育った【アメリカと比較して、とても秩序がありました】

    ポイント 女性 重要 5





     それと、【アメリカとは違い、人々は一生懸命に働いて、自分の仕事に誇りを持っていました】

    ポイント 女性

    まあ、勿論、一生懸命に働いて、自分の仕事に誇りを持っているアメリカ人も居ます。しかし、【日本人はそんなアメリカ人よりも更に自分達の仕事に熱心で、繊細】でした。

    ポイント 女性 重要 5

     【日本の社会において、和は大切】です。アメリカでは、人はいつも他人と競争して、自分が他人より優れているということを証明しようとしています。【日本では、優れた能力がある人でも、自分の成果について自慢しません】

    ポイント 女性

     【このような考え方はとても魅力的】でした。最初に日本に来た日から、私は永遠に日本で生きるだろうと感じました。【私にとって日本は、この世の中で一番完璧な所】と映りました。

    女性 OK

     さて、【今日の日米関係はいま、新たな段階に入ろうとしています】第1段階は、ペリー提督の来日から大東亜戦争の終結まででした。この段階では、【アメリカが徐々に日本を封じ込め】ようとしました。アメリカ継続的に日本に圧力をかけたため、【日本はその存在を守る為に自存自衛の戦争を開始する選択しかありませんでした】

    ポイント 23

     第2段階終戦から現在までです。この段階では、【アメリカが世界を支配】していました。日本に対するアメリカの不信続いていても、日本忠実にアメリカ政策を支持してきました。

    ポイント 23

     第3段階間もなく始まります

    ポイント 22

    これから、【アメリカは徐々に国内の混乱により弱くなります】

    トランプ

    …これから【アメリカはアジアの強いパートナーとして日本が必要】です。

    安倍 トランプ 4

    アメリカはもう大東亜戦争後の時代の様に、世界中に戦力を展開できません。【これが、アメリカ人が大東亜戦争について日本バッシングを止めた方が良いと思う理由】です。

    安倍 トランプ 2

     何より【真実の日本はアメリカ人が考えている様な悪の帝国ではありませんでした】。そして、【大東亜戦争当時のアメリカ自体も、アメリカ人が信じている様な道徳的な国ではありませんでした】【アメリカ人はもうこの辺で歴史の真実に目を開くべき】です。

    安倍 トランプ 1

     【アメリカの将来の為に、日本との親善と協力が絶対必要】です。そして、日本との親善を守る為に、【アメリカ人は日本人の理解にもっと努力するべき】です。

    安倍 トランプ 3

    そして【両国は真の友人となって21世紀の世界をリードすべき】です。』

    日の丸

    いかがでしょうか?

    今回ご紹介させて頂きますこの書物ですが、初版は2014年10月25日で、少し前の書物になりますが、いま読んでおく必要がある書物です。

    (内容)
    なぜアメリカは、韓国に全米で根拠のない従軍慰安婦碑設置を許すのか?
    人権問題がある中国、反米運動がある韓国に甘く、日本に厳しいのか?
    著者のマックス氏しか書けないアメリカ人の本音を、歴史の実例を交え解説!
    著者は、在日 40 年、奥さんは日本人の親日家。
    カリフォルニア州グレンデール市が朝鮮人慰安婦の記念碑を建てようとした時、 建設に反対して、同市の関係者に再考を求める手紙を書いたことで有名な日本人の味方である。
    日英二カ国語で掲載、アメリカ人が普段は決して口にしない本音を赤裸々に明かす。
    ビジネスマン、若者必読の書!


    本文中で触れられている山下奉文大将について。

    山下奉文は、「マレーの虎」とも呼ばれていますが、それは、あの大東亜戦争最初の攻撃をアジア、マレーシアにおいて行った「マレー上陸作戦」に由来します。ハワイ真珠湾の攻撃よりもこちらの方が先に行われています。もちろん奇襲攻撃です

    詳しくはこちらをご参照♥

    日本が最初に攻撃をしたのは、真珠湾ではありません ~ ルック・イーストの中心・日本


    その目的は、アジアの要衝である「マラッカ海峡」を占拠することでした。

    マラッカ海峡

    現在の支那が、虎視眈々と狙っているのも、この「マラッカ海峡」です。

    詳しくはこちらをご参照♥

    アラビア人→ポルトガル人→オランダ人→イギリス人→アメリカ人 これって、な~んだ



    シンガポールあっという間に陥落させた山下奉文は、その後、満州へと異動再びアジアフィリピンへと戻って来た時には、すでに大東亜戦争末期で、1944年10月6日のことでした。

    以下は、Wikipediaからの抜粋です。

    「 第14方面軍(司令官・山下奉文)ダグラス・マッカーサーらの指揮するアメリカ軍に対して善戦するが、台湾沖航空戦での誤った戦果報告に基づいて立案されたレイテ決戦を大本営から強いられ本来予定していたルソン島での決戦を行うことはできなかった。飛来する敵航空機がまったく減らないことから、山下は台湾沖航空戦の戦果発表を誤報と考え、このレイテ決戦に反対していた。このとき山下の部下には、敵の意図や行動を正確に予測することから「マッカーサーの参謀」というあだ名をつけられていた名参謀堀栄三陸軍中佐がおり、あらゆる困難を排して状況把握に成功していた。捕らえられたアメリカ軍パイロットの尋問からもそれは裏付けられたが、南方軍総司令官寺内寿一元帥陸軍大将は命令を変えなかったこのためレイテ決戦に多くの兵力が投入されたが、制海権と制空権を敵に握られていたため輸送船の大半が撃沈された

    堀栄三
    堀栄三

    こちらもご参照♥

    マッカーサー参謀の戦法 ~ ペリリュー島、硫黄島、そして沖縄



    続くルソン島の戦いでは、ルバング島の小野田寛郎少尉からの「敵艦見ゆ、針路北」との報告で、マニラ湾からリンガエン湾への迅速な陣地転換に成功するが、徐々に兵力差で圧倒され最終的には山岳地帯へ退いての持久戦に追い込まれている山下民間人が多く残る首都マニラをオープン・シティとするつもりであり実際に第14方面軍部隊の大半をバギオ方面の山中へ撤退させているがマニラ死守に固執する海軍や大本営の反対を受け無防備都市宣言は頓挫マニラ海軍防衛隊を中心にマニラの戦いが行われ民間人約10万人が死亡している。

    敗戦後の1945年(昭和20年)9月3日、山下は第14方面軍司令官としてバギオにて降伏した。この持久戦の中の食糧難は第14方面軍司令部も例外ではなく、降伏時、巨漢で有名だった山下はすっかりやせ細ってしまっていた。」


    マニラにおいて、降伏後にアメリカ軍憲兵とともに撮影
    マニラにおいて、降伏後にアメリカ軍憲兵とともに撮影

    海軍の判断ミスがあったことは、重要なポイントです。

    そして、山下奉文裁判にかけられてしまいます。

    「 かっては゛マレーの虎゛と恐れられた猛将・山下将軍も、この期に及んでは、もはや戦局の打開の糸口はつかめず、1日でも敵の侵攻を食い止めるため持久戦を戦うほかなかった。そして終戦の後、山下将軍は山を降り、敢えて「生きて虜囚の辱め」を享けたのである。その理由はこうだった。

    『 私はルソンで…多くの人びとを殺している。この罪の償いをしなくてはならんだろう。祖国へ帰ることなど夢にも思ってはいないが、私が1人先に行っては、責任をとるものがなくて残ったものに迷惑をかける。だから私は生きて責任を負うつもりである。そして一人でも多くの部下を日本へ返したい。そして祖国再建のために大いに働いてもらいたい。』

    山下将軍は、十余万の部下を無事復員させることに全力を傾けたのだった。この山下将軍を正義の名の下に裁き処刑したのは誰であろう部下を置き去りに敵前逃亡し、そして敗戦の責任を部下に押しつけた、かのダグラス・マッカーサー将軍だったのである。

     マニラ軍事裁判で、山下将軍の弁護人であった米国人フランク・リールは、その著書で次のように書いている

     『 祖国を愛するいかなるアメリカ人も消しがたく苦痛に満ちた恥ずかしさなしには、この裁判記録を読むことはできない…。われわれは不正であり、偽善的であり、復讐的であった。』  」


    詳しくはこちらをご参照♥

    アメリカ人が恥ずかしくて読めないもの♥



    フランク・リールの書物のamazonカスタマービューが参考になりますので、ここに載せておきます。

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    「 著者の主張を「現代語訳」してみました。(上)

    「 俺たちアメリカ人は、戦争が終わってから山下奉文大将を、恨みつらみでぶっ殺しちゃったけど、一応裁判っていう体裁だけは整えて。だけど、あれはやばいんだよ、やばすぎだ。

     合衆国最高裁判所にまで行って、俺たちは訴えたよ、山下大将は、戦争法違反なんて、何もしてないじゃないか、確かに、部下たちが、完全に包囲されてから、戦争法違反行為があったよ、それは確かにあった、しかしだ、部下といっても、山下大将の部下になったのは、彼らの部隊が、ほぼ壊滅寸前の頃だ、彼は、違反者に、違反行為をするように、命令もしてない、実際、知りもしなかった、むろん彼は指揮官だった、だけど、ほとんど袋のねずみ状態で、どんどん追いつめられていた、

     しかもだ、彼は、市街戦を避けるために、つまり一般のフィリピン人の命と生活を戦闘でぶち壊さないように、マニラを放棄するように命令を出した、にもかかわらず、彼の指揮下にあった海軍部隊は、マニラで遂行すべき任務を、別の指揮系統、つまり海軍の幹部から、受けた、そして海軍の部隊、形式的には山下大将を指揮官とするその部隊は、マニラに残って決死の任務を遂行した、そこに俺たちアメリカ兵が、乗り込んだ、彼ら残留部隊は、バタバタと死んでいった、山下大将の責任だとされる、戦争法違反とは、主に、この時に起こったことなんだよ。

     俺は山下大将の弁護人になった、俺はこの裁判は、山下大将にとってむろん大切な裁判なのはやまやまだが、アメリカにとっても、非常に大切な裁判だってことが、はじめから分かっていたんだ、なぜか、それは、部隊が戦争法に違犯したら、指揮官の命令でなかったとしても、知らなかったとしても、その責任は指揮官にある、という前代未聞の悪法が、なされようとしていたからだ。

     考えてみてほしい、たとえば、俺たちアメリカ人は、長崎と広島に原爆を落とした。これを命じた指揮官は、非戦闘員が、戦闘とは何のかかわりもない人たちが、何千何万も死ぬことは、はじめから分かっていた。非戦闘員を殺したのだ、何万人も、いいか、これは、大虐殺だ、俺たちアメリカ人は、大虐殺をした、これは、明らかに、戦争法に違犯している、なおかつ、山下大将との比較で言えば、山下大将は知らなかったが、原爆投下を指令した指揮官は、明らかに知っていたのだ、がアメリカのその指揮官は裁かれない。

     当たり前だろ、部隊全員の行動のすべての責任なんか、誰にも取れるわけがないだろ、だから俺は、これは復讐裁判だっていうんだよ、だから悪法だって言うんだよ、山下大将は無実なんだよ、彼は敗れた、だから殺された。彼は有能な指揮官だった、有名な指揮官だった、しかし負けた、だから見せしめに殺された、新しい「法」を作って、戦争当時にはなかった「犯罪」によって、アメリカ人は彼を殺した。

     俺たち山下大将の弁護団は、山下大将は軍事裁判で裁かれるべきではなくて、文官裁判、つまり普通の裁判を受けるべきだと考えた。で、紆余曲折を経て、いろいろあって、実際いろんな妨害があったが、何とか、合衆国最高裁判所へ行った。そこで、俺たちはそのように語った。」(下)に続く。」




    さて、最後に、山下奉文が私たち日本人すべてに対して遺した「遺言」が4つあります。

    YouTubeにも、解説動画がいくつかあるのですが、語り手の主観が入り過ぎているため、参考にならないので、遺された言葉そのものを読みご自身の感性で捉えて頂く方がより良いと思いますので、Wikipediaから4つの遺言の文章の一部を次に載せておきます。

    『 自由なる社会に於きましては、自らの意志により社会人として、否、教養ある世界人としての高貴なる人間の義務を遂行する道徳的判断力を養成して頂きたいのであります。此の倫理性の欠除という事が信を世界に失ひ醜を萬世に残すに至った戦犯容疑者を多数出だすに至った根本的原因であると思うのであります。此の人類共通の道義的判断力を養成し、自己の責任に於て義務を履行すると云う国民になって頂き度いのであります。諸君は、今他の地に依存することなく自らの道を切り開いて行かなければならない運命を背負はされているのであります。何人と雖も此の責任を回避し自ら一人安易な方法を選ぶ事は許されないのであります。こゝに於いてこそ世界永遠の平和が可能になるのであります。』

    『 敗戦の将の胸をぞくぞくと打つ悲しい思い出は我に優れた科学的教養と科学兵器が十分にあったならば、たとへ破れたりとはいへ斯くも多数の将兵を殺さずに平和の光輝く祖国へ再建の礎石として送還することが出来たであらうといふ事であります。私がこの期に臨んで申し上げる科学とは人類を破壊に導く為の科学ではなく未利用資源の開発或は生存を豊富にすること平和的な意味に於て人類をあらゆる不幸と困窮から解放するための手段としての科学であります。』

    『 従順と貞節、これは日本婦人の最高道徳であり、日本軍人のそれと何等変る所のものではありませんでした。この虚勢された徳を具現して自己を主張しない人を貞女と呼び忠勇なる軍人と讃美してきました。そこには何等行動の自由或は自律性を持ったものではありませんでした。皆さんは旧殻を速かに脱し、より高い教養を身に付け従来の婦徳の一部を内に含んで然も自ら行動し得る新しい日本婦人となって頂き度いと思うのであります。平和の原動力は婦人の心の中にあります。皆さん、皆さんが新に獲得されました自由を有効適切に発揮して下さい。自由は誰からも犯され奪はれるものではありません。皆さんがそれを捨てようとする時にのみ消滅するのであります。皆さんは自由なる婦人として、世界の婦人と手を繋いで婦人独自の能力を発揮して下さい。もしそうでないならば与えられたすべての特権は無意味なものと化するに違いありません。』

    『 私のいう教育は幼稚園或は小学校入学時をもって始まるのではありません。可愛い赤ちゃんに新しい生命を与える哺乳開始の時を以て始められなければならないのであります。愛児をしっかりと抱きしめ乳房を哺ませた時何者も味う事の出来ない感情は母親のみの味いうる特権であります。愛児の生命の泉としてこの母親はすべての愛情を惜しみなく与えなければなりません。単なる乳房は他の女でも与えられようし又動物でも与えられようし代用品を以ってしても代えられます。然し、母の愛に代わるものは無いのであります。母は子供の生命を保持することを考へるだけでは十分ではないのであります。子供が大人となった時自己の生命を保持しあらゆる環境に耐え忍び平和を好み協調を愛し人類に寄与する強い意志を持った人間に育成しなければならないのであります。………これが皆さんの子供を奪った私の最後の言葉であります。』

    なお、Wikipediaには、ほぼ全文の英訳リンク先が掲載(Last Words of the Tiger of Malaya, General Yamashita Tomoyuki)されていますが、卑劣極まりない「変名教授」で有名な田中利幸が書いた文章ですので、これまた嘘・捏造が盛り沢山ですので、読むに値しませんのでご注意くださいませ♥

    田中利幸 1
    田中利幸

    卑劣極まりない広島市立大学の「変名教授」





    続きは次回に♥




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