20170223Shizuoka  冷えた足の煮物
 先週。
 それは朝から強い雨が降っている日だったが、静岡に出張した。

 こんな雨だから出張どころか、家から1歩も出たくないところだが、そんなことを理由に休んだら“雨下り”と批判が集中しかねない。
 私は珍しく折りたたみではない、大きくて強健な傘を持って、勇気を奮って外に出た。このことはまた、傘をどこかで忘れてはならないという、帰宅するまで気を抜けない選択をしたということでもある。

 もちろん静岡に落ち度はないし、私も静岡に恨みを持っていない。
 静岡に行く前に大方の問題、被害、傷心が生じたのである。

 名古屋駅に行くまでの間、いや、厳密には名古屋駅に向かう地下鉄に乗るその駅に向かう間に足元はびちょびちょになり、靴は防水スプレーをかけたにもかかわらず雨水をガードしきれずに、足そのものもびちょびちょになった。

 子どものころ、短靴(タングツ)と呼んでいたオールゴム製の靴を履いているときに水たまりに足を突っ込んでしまい、歩くたびにアトムが歩くときのようにキュッキュッという音がしたことを思い出した。
 短靴は長靴をふつうの靴の高さにしたようなものなので、外から水は浸みてこないが、いったん水が入り込むと絶対に抜けてもいかないわけだ。
 この日は革靴だったから、もちろんそんな音は発しなかったが、心の中では悲しげにキュッキュッという音が鳴り響いていた。

20170223Mikawa 静岡に停車する“ひかり”の本数は多くはない。行きは伏草課長から指示を受けた“こだま”に乗った。

 ご存じのように“こだま”は停車駅が多く、その停車駅でも後ろから来た“ひかり”や“のぞみ”を、場合によっては1本のみならず2本も追い抜かせてやるお人好し者なので、時間がかかる。
 でも、ふだんなら瞬時に通過してどこなのか名前も読めやしない駅に停車するのは、心がうきうきしないもののつまらなくもない。


 午前中、靴の中の冷めた煮物のような感触がとっても不快なまま、それでも顔は笑顔で用務をこなし(靴を脱がなきゃならない訪問先でなくてよかった)、昼は静岡ではとても有名なハンバーグレストラン・チェーンである“さわやか”へ。

  油煙のなかでもさわやかになれる!
 ところが、ここでげんこつハンバーグを食べて気分を爽やかなものに切り替えよう(とはいえ、店内はジュージューハンバーグから立ち上る脂の煙が充満しているが)と思った私たちの願いもむなしく、12時前だというのに30分の待ち行列。

 帰りの新幹線まで時間の余裕はあったものの、それでも万が一のことを考え、涙を呑んで向かいのそば屋に入る。
 こちらはこちらで、なかなかこだわりがありそうな店名で、頼んだ天ざるそばに期待がかかる。
 が、そのわりにすいている(“さわやか”との相対比較だが)。

 そばが運ばれてくる前に何気なく目にしたテーブル上のパンフレットで、この店が“家族亭”が運営する店舗であることを知った。……あっ、そう……


20170223Kodama “家族亭”が悪いというわけでは決してない。
 しかし私は何となく意気消沈してしまい、運ばれてきたそばを黙々と食べた。一緒にいたのは開元さんと氷山係長の後任となった丸針係長であり、開元さんはしらすかき揚げそばを、丸針係長は鴨せいろそばを、私は天ざるそばを、という実に統制のとれていない3人組だったが、3人とも大盛りにしたという点では指向が一致した。
 そばの味は不可ではないが、可でもなかった。

 帰りは“ひかり”に乗った。
 つまり写真の列車は私が利用したものではない。私はこの“こだま”のあとの“ひかり”に乗ったのだった。


 吉松隆(Yoshimatsu,Takashi 1953-  東京)の「アトム・ハーツ・クラブ(Atom Hearts Club)」組曲第1番Op.70b(1997/2000)。

 1997年に書かれた弦楽四重奏曲だが(Op.70)、その後編曲版が作られており、ここで取り上げるのは弦楽合奏版。

YoshimatsuSym4 作曲者はこのように書いている。

 この曲、フル・ネームを「ドクター・タルカスズ・アトム・ハーツ・クラブ・デュオ」(直訳すれば「タルカス博士の原子心倶楽部二重奏曲」)と言う。
  これはもちろん、クラシックからロックンロールまでの人類の音楽全てを混合させたビートルズの傑作アルバム「サージェント・ペッパーズ・ロンリー・ハーツ・クラブ・バンド」(直訳すると「ペッパー軍曹の傷心倶楽部楽団」)のもじり。これに70年代プログレッシヴ・ロックの名作であるエマーソン・レイク&パーマーの「タルカス」とピンクフロイドの「原子心母(アトム・ハート・マザー)」そしてイエスの「こわれもの」を加え、それをさらに手塚治虫の「鉄腕アトム」の十万馬力でシェイクしたのが、この作品である。
  全体は4つ楽章からなり、
  1は変拍子が全開のプログレ風アレグロ。
  2はちょっとイヤラシめのバラード風アンダンテ。
  3はつま先立ちでコソコソの逃げるコキュ(間男)風のスケルツォ。
  そして4はスラップスティック(ドタバタ)風ブギウギ。
  1997年夏にモルゴア・カルテットのために弦楽四重奏版として作曲。CD録音初演。ギター・デュオのための「アトム・ハーツ・クラブ・デュオ」、サクソフォン・カルテットのための「アトム・ハーツ・クラブ・カルテット(トルヴェール版)」、ピアノ・トリオのための「アトム・ハーツ・クラブ・トリオ」、弦楽オーケストラによる「アトム・ハーツ・クラブ組曲」などの異稿がある。op.70。

YoshimatsuSym5 藤岡幸夫指揮BBCフィルの録音で聴くことができる。

   2001年録音。シャンドス。

 なお、吉松は「アトム・ハーツ・クラブ」組曲第2番も1999年に書いている。
 こちらの弦楽合奏版(Op.79a。2000)も、藤岡による指揮の演奏で聴くことができる。

 あなたにはどうでもいいことかもしれないが、静岡駅で売っていた駅弁の幕の内がとっても美味しそうだった。
 いずれぜひ食べてみたいものだ。