およそ遠しとされしもの。
下等で奇怪、見慣れた動植物とはまるで違うとおぼしきモノ達。
それら異形の一群をヒトは古くから畏れを含み、
いつしか総じて蟲と呼んだ。
★2014年4月より放送の「蟲師 続章」→
蟲師 続章 あらすじまとめ
★前のお話は→
蟲師 あらすじまとめ
蟲師 第16話 暁の蛇
(2006年に放送されたものです)
桜の花びらが舞う。木の下で昼寝をしていた女に蛇のようなモノが近づき耳から体に入る
春爛漫。舟で川を行くギンコ。居合わせた男と女房の物忘れやいびきの話をする。舟を降りると船頭の少年カジが母親のさよの物忘れのことで相談があると言う。ギンコは家を訪ねた。
家に行くとさよは変な生き物がいると騒いでいた。カニだったが忘れてしまっていた。初対面のギンコにカジのお友だちだったわねと言った。カジの話では、もともとおっとりしていて物忘れもあったが、昨年の春くらいから妙な忘れ方をするようになったという。
その日は客が多かったのでさよの好物の団子を買って帰った。さよは美味しいわねこの菓子、こんなの初めて食べたわと言った。たまに食べているだろうと言ったが団子についての記憶を全部なくしていた。他にも、あまり着ない着物の中で柄のあるものだけ忘れてしまっていたり、くしゃみというものを忘れてカジがくしゃみをすると変な事しないでよと言ったり、正月に親戚の家に行ったときには、叔父、叔母、自分の妹まで忘れていた。
確かに妙だなとギンコ。物忘れというより進行性の記憶喪失のようだ。それに昼も夜もずっと起きて働いているんだとカジ。前は家事の合間に桜の木の下で昼寝なんかしていたのに。絶対おかしい。ギンコはカジに母さんが忘れたものを思い出せるだけ書き出すようにと言った。
母子と夕食を食べるギンコ。さよは行商をしている夫の陰膳を用意していた。こうすると旅先で食事に困らないというのでと。これは夫が死んだのを忘れているとかではなさそうだ。いつもなら帰ってきている頃なのに手紙もよこさないとカジは怒るがさよは道にでも迷ったんでしょうと笑っていた。
ギンコが息子さんが心配していると言うと、あなたも頼まれて来たんでしょう、どうかお願いしますとさよは言った。このままだと夫やカジのことも忘れてしまう。そして忘れたことさえ忘れてしまうかもしれない。それが恐ろしいと。
さよが忘れたものをカジが書き出した。忘れた記憶に一定のきまり事があればとギンコは思ったが、いまいち傾向がない。忘れていた親族の共通点を聞くと川向うに住んでいてあまり会わない人だとカジ。日頃遭遇する回数の少ないものから忘れているようだが、それなら夫のことはとうに忘れているはずだとギンコは思った。
夜もふけたが寝そうにないさよ。寝ようとしてもうまく眠れないから夜じゅう機を織って父さんのことを忘れないように繰り返し思い出しているんだって。せめて眠れたら待っているのも少しはラクだろうにとカジは言った。ギンコは気づいた。
暖かな風、花の匂い、機を織る音。こんな宵は常ならば深い深い眠りの淵に落ちるためにあるんだろうに。
明け方になってさよがウトウトし始めた。と思ったらすぐに起きた。ごはんの用意をと立ち上がり歩き出した。が影は寝た格好のままで、やがて何が黒いものが動き出して...あれは、やっぱりとギンコは思った。さよとカジに話をする。
・記憶を食う蟲で「カゲダマ」という。半透明の黒い膜状をしていて古い巨木の陰に好んで潜み同化している。そこで人や動物が休むのを待ち眠りはじめると耳から脳に入る。すると宿主はほとんど眠らなくなり記憶を少しずつ失っていく。そして一定量の記憶を食うと内部で分裂し宿主がわずかに眠ったすきに分身を外に出す。それがまた木の陰に潜み増えていく。本来、日に長くあたると消えてしまう弱いものだが体内に潜まれると深く脳内に入り込み手を出す術はない。
・カゲダマの弱点でわかっているのは日の光だけ。頭の中には当てられない。だが忘れたくないことを守ることはできるかもしれない。例えば記憶が頭の中のタンスのようなものにしまわれているとする。団子のこと、遠くに住む親せきのこと、くしゃみのこと。そんなふうにそれらは無数の引き出しに区分されて入れられているが、それをカゲダマは引き出しごと抜き取っていく。
その順序は関心などとは無関係でまるで無秩序に見えるが、ひとつだけカゲダマに侵されていない記憶がある。毎日くりかえししていること、見ていること、考えていることだ。飯の炊き方や機織りの仕方、息子や夫のこと。カゲダマは宿主を死なせないように日常の基本となっている事柄は後に残しているのではないだろうか。
あくまで推測だがとギンコは言った。それにこの先、記憶が底をつきはじめたら、それも食われるのかもしれない。言える対処法は、より多くの記憶を蓄えていくということと、何度も何度も忘れたくないことは思い出すということ。
さよはわかりました、そうしてみますと言った。家でじっと待っていないで外にも出てみるといいとカジが言うと、そうね、待っていないで父さんを探しに行こうかしらと言った。ずっとそうしようかと考えていたが父さんに何があったか知るのが怖かった。でももう待つのはたくさんと笑った。
夫はよく西の町の話をしていたから、まずはそこにカジとふたりで行ってみるとさよ。3人で舟に乗り、ギンコは途中で降りて別れる。気をつけてなと言うと、お元気でとふたりは手を振った。
その決断がふたりにとって良かったのか、そのいきさつを知ったのは、ちょうど1年が過ぎたころだった。ギンコがたずねるとカジは戻ってまた舟に乗っていた。さよも元気そうだった。父親は西の町にいたとカジは言った。そこで別の家族と暮らしていた。ふたりが訪ねると父親は妻と一緒に赤ん坊を風呂に入れているところだった。さよは何も言わずにカジの手を引くとその場を去った。
旅の帰路、さよは黙々と歩き続けた。食事も睡眠もとらず、やがて道端で倒れた。疲れ切っていたのか、そのまま何日も眠り続けた。明け方、カジが目を覚ますと、さよの体から何かが出て行くのを見た。黒い大きな蛇のような影が空に消えた。目を覚ましたさよは良く寝たと言うと、ここどこだっけ、何をしていたんだっけと言った。
その朝、さよはカジのことと家のこと以外のすべての記憶を失ってしまっていた。寝込んでいる間に記憶の大半を食われてしまったようだ。でも相変わらず俺のこととか飯の炊き方とかは忘れないでいる。ギンコさんに言われたように外に出て毎日いろんな物事に出会うようになったからかなとカジ。それもほとんど次の日には忘れているけど、毎日たのしそうにしている。今も夜は眠らずに機織りをしている。そうか相変わらずだなとギンコが言うと、うん相変わらずだよとカジは言った。
食事がまた一膳多いよとカジに言われるさよ。そうよねふたり分でいいのにね。なんでこうしなきゃと思ったのかしら、でもこうするとなんだか安心するのよ、どうしてかしらとさよは言った。
★原作では第5巻にあります。