静岡県浜松市中央区東伊場(ひがしいば)の伊場遺跡(いばいせき)は、縄文時代から鎌倉時代にかけて断続的に集落が営まれてきました。

昭和24年(1949年)、太平洋戦争末期のアメリカ軍の艦砲射撃によって出来た穴の中で、市立西部中学校の生徒が土器のかけらを拾って学校に届けたのが、遺跡発見のきっかけです。

史跡公園として整備された伊場遺跡公園には、古墳時代の竪穴式住居(たてあなしきじゅうきょ)や奈良平安時代の遠江国敷智郡(とおとうみのくに ふちぐん)郡役所跡(敷智郡衙跡)と考えられている掘立柱建物(ほったてばしらたてもの)が復元されています。

伊場遺跡公園
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 探訪は自己責任で!!

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伊場遺跡公園の地図
静岡県浜松市中央区東伊場2-22-1
無料駐車場(8台)あり
入場無料

アクセス
・東名高速道路 浜松ICより車で約20分
・JR東海道本線・東海道新幹線 浜松駅の西南西約2kmのJR東海 浜松工場の南
・JR東海道本線・東海道新幹線 浜松駅より
宇布見・山崎行きバスで約9分「伊場遺跡入口」バス停下車
徒歩約10分
浜松駅の西南西 雄踏街道(62号線)沿いの、浜松商工会議所西側(JR東海 浜松工場の東側)の信号を南下して、川沿いの道を西に進む。

伊場遺跡公園 案内図
 建物の中には入れません。
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伊場公園踏切
 駐車場から踏切を渡ると、伊場遺跡公園です。
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<古墳時代の復元住居>
 古墳時代(約1,500年前頃)には、この付近に竪穴式住居が立ち並ぶ集落がありました。
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東側の復元住居
 発掘調査では、北側の壁付近からかまどを検出。
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かまど
 浜松付近では、この頃からかまどが普及し始めました。
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西側の復元住居
 床の中央に炉(ろ)があります。
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炉(ろ)
 レプリカの台付き甕(だいつきがめ)が、置かれています。
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<弥生時代の環濠(かんごう)>
 弥生時代後期(約1,800年前頃)の集落(ムラ)を囲んでいた、直径約120mの3重の壕の北端を保存。
弥生時代には、水田の拡大に伴う水の利権争いなどによって、各地で戦争がおこりました。
伊場のムラでも、敵の襲来に備えていたと思われます。
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<葦原(あしはら)>
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<大溝>
 古墳~平安時代(約1,500~1,000年前頃)の、古代の小川の跡。
公園の北側(奥の団地側)から南側(手前)に、流れていました。
大溝の中からは、大量の遺物(土器、木製品、郡役所があったことを示す木簡(もっかん)、まじないの道具、食べかすなど)が出土。
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<掘立柱建物群の跡>
 約1,300年前頃から、大溝の周辺に掘立柱建物(ほったてばしらたてもの)が建設されました。
発掘調査では、柱を立てた穴(柱穴)や柱の根元(柱根)が多数見つかっています。
現在は遺構を埋め戻し、コンクリート製擬木(ぎぼく)の柱を立てて再現。
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<復元された掘立柱建物>
 約1,300~1,000年前、古代(奈良・平安時代)の遠江国敷智郡(とおとうみのくに ふちぐん)の郡役所跡(敷智郡衙跡)だと考えられています。
敷智郡は、現在の浜松市西部です。
平安時代の中頃まで、建て替えが行なわれていました。
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掘立柱建物(大)
 郡役所の建物だと、考えられています。
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掘立柱建物(小)
 郡役所の倉庫だと、考えられています。
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高床式倉庫(たかゆかしきそうこ)
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ねずみ返し
 米などが保管されていたと考えられる高床式倉庫。
ねずみなど小動物の侵入防止のため、柱と板梯子(いたばしご)の上に「ねずみ返し」と呼ばれる板が取り付けられています。
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参考文献
・『静岡県史 資料編1 考古一』静岡県 1990年3月20日
・『静岡県史 資料編2 考古二』静岡県 1990年3月20日
・『静岡県のあけぼの』静岡県考古学会 1984年7月25日
・『静岡県文化財地図Ⅱ ―焼津市以西―』静岡県教育委員会 1989年3月1日
・『静岡県文化財地名表Ⅱ ―焼津市以西―』静岡県教育委員会 1989年3月1日