4 最後のぬくもり 【4-4】

『いつもの店にしましょう。迎えに来て』



岳は仕事を終えると、昨日は打ち合わせに出かけたため残した車に乗り、

駐車場から外へ出た。岳が今日の相手として選んだのは、

連絡を寄こした梨那ではなく、逸美になる。

逸美が書道教室を開いている場所近くに車を止め、携帯に連絡を入れる。

すると5分ほどで、パンツスーツに身を包んだ逸美が、目の前に現れた。

助手席の扉を開け、隣に座る。

岳はそれを確認するとすぐにサイドブレーキを解除し、街の中へ走り出した。



岳と同じ頃、仕事を終えた敦は、どこかに立ち寄ることもなく、

自分の車に乗り家に戻った。玄関に入り靴を脱ぐ。

扉を開けると、リビングから楽しそうな笑い声が聞こえてきた。


「あはは……また負け。弱すぎだよ、あずさちゃん」

「あれ? おかしいな、今回はちゃんと計算していたはずなのに」

「考えすぎだってば」


妹の東子と、あずさがオセロゲームの最中だった。

敦は、東子の楽しそうな笑顔を見ながら、部屋に向かおうとする。


「あ、敦!」


東子は敦に気付くと、こっちへ来て欲しいと声を出し続けた。

あずさがあまりにもオセロが弱いのだと、白だらけになった盤を指差し、

必死に手招きをする。


「お帰りなさい」

「どうも」


敦は東子の押しに負け、リビングに入った。

東子は敦と勝負してみたらと、あずさに言う。


「またそういうことを言う。敦さん、東子ちゃんより強いでしょ。
絶対にそう思うもの。ダメ、ダメ、もうこれ以上、笑われたくないし」


あずさはそういうと、オセロを片付けようとする。


「待って、待って。ねぇ、それならハンデをつけるから。
ほら、4つの角は最初からあずさちゃんのものっていうのは、どう?」


東子はそういうと、敦にいいよねと声をかける。


「4つの角?」


あずさは、それならばどうにかなるかもしれないと、敦を見る。


「やりますか? いいですよ」

「はい」


東子を見届け人として、敦とあずさのゲームが始まった。





「飲まないの?」

「車で来ただろ」

「あ、そうね」


その頃、岳は逸美とよくいくレストランにいた。

ホテル内の店という、いつもの順番がそこにある。


「逸美は飲めばいいよ。送るから」


岳はそういうとメニューを渡す。

逸美は『いつもと変わらない』目の前の岳を見る。


「そうね、最後のディナーだと思うし」


逸美の言葉に、岳が視線をあげる。


「最後? 何、どういうこと」

「私、もうすぐ婚約するの」


逸美はそういうと、メニューからカクテルを選び、ウエイターを呼んだ。





「うーん」

あずさは自分の『黒』をにらみ、残り少ない置き場所を考えた。

4角を最初からもらうという、とてつもないハンデがあったにも関わらず、

見える景色は、ほぼ『白』に近い。あずさの指が、途中まで盤に向かい、

また迷うように戻っていく。


「これ、どこに置いても、次に敦さんの番が来たら返されますよね」

「だと思います」


敦はそういうと、手に持っていた石を指でくるっと回す。


「敦、容赦ないね。東京に出てきたばかりのあずさちゃんを、
こてんぱんにしようだなんて」


東子はそういうと、二人の間でほおづえをつく。


「おかしなことを言うな。東子がしつこく呼んだだろ」

「しつこく? まぁ、そうかな。でも、こてんぱんにしろとは言ってないもん」

「あぁ、もう降参です。敦さん強い」


あずさはそういうと、どこからおかしくなったのかなと、勝負を振り返ろうとする。


「4角をもらったことで、逆に守りに入ってしまったんですよ。
その角を生かさないとならないって」


敦はそういうと、オセロの箱に石を片付け始める。


「守るばかりだと、だんだん後ろに追いやられますからね」


敦はそういうと、席から立ち上がる。


「ありがとうございました。すみません、お仕事から戻ってばかりなのに」

「いえ」


あずさは残りの石を片付けながら、ちょこんと頭を下げる。

敦は鞄を持つと、リビングを出て行く。


「あずさちゃん、敦にこれだけ負けていたら、まず岳とは出来ないな」

「ん?」

「敦はね、途中で1度だけ待ってとか、
ここにはおかないでっていうのに応じてくれるけれど、岳は絶対にダメだもの。
容赦なしってところからすると、岳の右に出る人はいないから。
こてんぱんというより、再起不能にされるよ」


東子はそういうと、お風呂に入ろうとリビングから出て行った。

あずさは壁にかかった時計を見る。

昨日も日付が変わってから戻ってきた岳は、今日も遅いのだろうかとふと考えた。





ホテルの1室に、逸美の吐息が落ちた。

岳の慣れた指先の動きに、気持ちをかき乱されながらも、

負けっぱなしにはならないと、唇を重ねていく。

そのまま重なり合おうと、脚を動かす岳に、逸美は従わずに体を起こそうとする。


「おい……」

「言ったでしょ、最後なの。私に決めさせて」

「最後だなんて、俺は決めていないけれど」


岳はそういうと、一瞬力の抜けた逸美の体を自分自身で押さえ込んでいく。

『ずるい』と動きそうになる口元を唇でふさぎ、

それ以上、冷静に言葉を出せなくなる場所へと、連れて行く。

肌触りのいいシーツの上で、二人はそれぞれの思いを吐き出していく。

小さなライトに照らされた逸美の顔を、胸に押しつけるようにした岳は、

耳元に舌先を近づける。

逸美は降参するという合図を、岳に目で伝えると、さらにきつく抱き合った。



【4-5】



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