金色銀色茜色

生煮えの文章でゴメンナサイ。

(注)文字サイズ変更が左下にあります。

昨日今日明日あさって。(どうしてこうなった)21

2024-04-14 11:23:10 | Weblog
 ベティ王妃とカトリーヌ明石中佐は亡き国王陛下の執務室にいた。
当然、二人だけではない。
室内に並べられたデスクで、側仕えの者達が書類仕事に勤しんでいた。
今回の件と、留守してる間に溜まった書類が山積みなのだ。
それぞれが担当の書類を取り上げ、一人格闘していた。
二人は皆の忙しそうな様子を横目に、同時に溜息をついた。
肝心の疑問点が解消しないのだ。
 首謀者の管領とその取り巻きが行方不明。
管領と繋がっていたと思われる庭師達も行方不明。
そのせいで解明の糸口に辿り着けない。

 カトリーヌの副官が言う。
「噂では伯爵殿が魔法を駆使し、遠くへ吹き飛ばしたと」
 それはカトリーヌも耳にしていた。
「噂でしょう」
「ええ、噂です。
でも全員が行方不明になる前に相手してたのは伯爵殿です。
行方不明になる直前ですよ。
おかしいと思いませんか」
 ベティが口を挟んだ。
「おかしいわよね。
でもね、鑑定で伯爵のスキルは調べ済みなの。
近衛の魔導師に密かに調べ上げさせたの。
優秀な子だけど、そこまでのスキルはないわ」

名前、ダンタルニャン佐藤。
種別、人間。
年齢、十一才。
性別、雄。
住所、足利国尾張地方戸倉村生まれ、国都在住、美濃地方寄親伯爵。
職業、伯爵、岐阜と木曽の領主、冒険者、幼年学校生徒。
ランク、C。
HP、115。
MP、75。
スキル、弓士☆☆、探知☆、鑑定☆、光魔法☆、身体強化☆」

 それはカトリーヌも承知のこと。
「私も近くにいた近衛兵に確認したわ。
あの時、伯爵が詠唱したかどうか。
誰も聞いてないそうよ。
素振りもなかったって」
 しかし副官は納得しない。
「あの方、『白銀のジョナサン』の直系ですよ」
「ああ、それね。
直系だけど、それだけで疑うのはね、・・・」
 
 埒が明かない。
ベティは近くにいた侍従に尋ねた。
「貴方はどう思うの」
 彼はペンを走らせながら、一方では遣り取りに耳を傾けていた。
困ったように顔を上げた。
渋々感を漂わせながら口を開いた。
「あの方は年齢の割に、優秀であると同時に決断の出来る方です。
疑いを捨て、お味方である事を喜ぶべきではないでしょうか」
「疑っている訳ではないのよ。
彼ではなく、管領達の行方不明が気になって仕方ないの」
 ベティは彼の同僚に視線を転じた。
その者が目を逸らそうとした。
ベティは逃さない。
「貴方は」
「行方不明の者達の事は忘れて次に進むべきではないか、
臣はそう申し上げる言葉しか持ち合わせおりません」 

 最高権力者は国王であるが、政は国王のみでは円滑に進められない。
決定事項でも、古よりの血縁地縁、忠誠心、利権、猜疑心等により、
複雑な歪みを生じ、時として長期の停滞を齎すからだ。
これを解決するのが侯爵家にて構成される評定衆。
彼等が所属する派閥の力学を通して物事を進めのが最も手早いのだ。
 ベティは国王亡き今、身分は元王妃、そして嫡子の保護者、所謂代人。
イヴが成人していないので、その代人として権力を掌握していた。
その権限で今回も、評定衆の月番の侯爵に面会を求めた。
国王ですら評定衆の会合には臨席がせいぜいで、発言権もなければ、
議決に参加する事も求められていない。
もっとも、その程度ではベティは臆しない。
わざと厚顔無恥を装い、何度も臨席し、無言の圧力を加えた。
人事権を握っているのが大きい。
加えて中間派閥を率いていた。
管領を失っても彼等の支持までは失っていない。

 今月の月番はバート斎藤侯爵。
元は美濃の寄親伯爵。
彼は木曽大樹海の魔物の大移動、
所謂スタンピードを阻止した功績で陞爵した。
嫡男に寄親伯爵位を譲り、彼は住まいを国都に移した。
その嫡男が失墜した。
ところが余波は彼には及ばなかった。
スタンピードを共に阻止したレオン織田を抱えている事が影響した。
彼の娘婿でゴーレム製造の第一人者。
レオンが実父より彼を慕っている事情から、
嫡男と共に断罪する声は上がらなかった。

 ベティはバートの屋敷を訪れた。
勿論非公式なので、無印の箱馬車だ。
ただ、近衛の女性騎士の多さでそれとなく分からせた。
大切なのは非公式でも、権力のありか明示すること。
その一点にベティは拘った。
ただ、襲撃が予想される場合は別だが。
 ベティはカトリーヌ明石中佐のエスコートでベティが下車した。
バート自らが出迎え、如才のない挨拶をした。
「ようこそお出で下さいました。
家人一同うち揃って歓迎いたします」
「ありがとう、お邪魔するわね」

 屋敷奥の応接室に案内された。
内密の会合に用いる部屋だ。
魔道具で遮断されているので、会話が外に漏れるおそれはない。
それでも念を入れて屋敷の各所に近衛が配された。
 バートがベティを上座に案内した。
自らは下座に腰を下ろした。
メイド達がワゴンを押して入室して来た。
主役二人の前にモンブランと珈琲が置かれた。
砂糖とミルクが添えられた。
 ベティの場合は毒見はいらない。
自身も鑑定スキル持ちだが、お付きの近衛も鑑定スキル持ち。
ダブルで鑑定。
互いに顔を見合わせ、頷いた。
無害。

 バートがモンブランを勧めた。
「ケーキもどうぞ」
 自信があるのだろう。
珈琲で口を潤したベティは応じた。
「この時期、モンブランは季節外れよね」
「瓶詰ですよ。
味は季節物と変わらぬ筈です」
「そう」
 モンブランを口にして驚いた。
「後宮の厨房で季節に出す物と変わらぬ味ね。
美味しいわ。
どこの瓶詰かしら」
 バートが嬉しそうに微笑む。
「美濃に伝手が残っておりますので、そこで作らせております」
 これにベティが驚いた。
「聞いてないわよ」
 後ろに控えているカトリーヌを振り返った。
すると彼女は首を横にした。
「私も初耳です」
 これにバートがますます喜ぶ。
「驚いて頂いて嬉しいですね。
全量買い取りです。
これは美濃のお代官様の耳には入れております。
ですから、何の問題も御座いません」
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昨日今日明日あさって。(どうしてこうなった)20

2024-04-07 09:27:20 | Weblog
 ここ軍幕内にて俺を補佐している者達は王妃様派閥、
ないしは亡き国王陛下に今もって忠誠を誓う者達。
それを承知だからか、モビエール毛利侯爵も、ロバート三好侯爵も、
面白い小僧だ、とばかりの表情で俺を見遣った。
俺は俺で、演技スキル全開の鉄壁の微笑み返し。
突っ込みが入らないので、俺は言葉を重ねた。
「今回の管領様の件、そして前のテックス小早川侯爵様の件、
それは長期の内乱騒ぎに倦んで来ている兆しではないか、
臣はそう推測します」
 君達の支持基盤に罅が入っているのではないか、言外にそう伝えた。
これに対し、批判も質問も返って来ない。
書記役の者が手を動かしたのをきっかけに、侍従秘書女官等もそう。
それぞれが仕事を再開した。
何も聞かなかったかのような空気感。
これは何なのだろう。
同意か、それとも無視か。

 ロバートが俺に言う。
「今の意見を王妃様に直接申し上げてはどうかな」
 モビエールがそれに重ねた。
「そうだな、それが良い。
臣等は王妃様の意向で動いている。
王妃様から新たな指示があれば、それに従う」
 この返しには困った。
王妃様には言い難い。
正直苦手なのだ。
未亡人の色香が。
何事も見通していると言う目色が。
そして何度も俺を鑑定しようとする。
偽装しているので無駄なのに。
それでも隙あらば、と諦めずに挑む。
どうする俺。

 困っていると隣の侍従が俺を見た。
「今の伯爵様のご意見、王妃様に提出する報告書に、
管領の謀反の原因として書き入れます」
 俺はそれを聞いて、侍従や他の補佐してくれる者達を見回した。
皆は仕事を再開して、俺に目もくれないが、
その姿勢から暖かいものを感じ取った。
もしかして、それぞれに思うところが有るのかも知れない。
心強く思い、モビエールとロバートに視線を転じた。
おお、二人の視線が揺らいでいた。
軍幕内に生じた新たな空気に気付いたらしい。
俺は二人に追撃。
「他にもお待ちの方々がおられます。
お二人はそろそろ・・・」
 邪魔だから出て行けよ。

 二日後にカトリーヌ中佐が戻って来た。
案内の近衛兵を追い越して軍幕内に突入する騒ぎ。
「イヴ様はご無事か、イヴ様は」
 俺を目敏く見つけると、テーブルに駆け寄って両手を着き、
前屈みになって言葉を重ねた。
「イウ様はどこですか」
 唾が飛んで来た。
ご褒美か、・・・。
気持ちが分かるので、我慢してカトリーヌ中佐を見上げた。
わざと両手を上げた。
「落ち着いて、どうどう」
「私は馬じゃない」
 憤慨した表情。
軍隊生活が長いとユーモアを解せないのだろう。
反対に、テーブルを囲む面々の肩が小刻みに揺れていた。
良かった。
受けていた。

 カトリーヌ中佐の表情が変わった。
「すまない、無事なのは聞いていたのだが、・・・、
一目お会いしたくて焦っていたようね」
 俺は軍幕入り口を指し示した。
「エリス中尉がお迎えに来てますよ」
 現在、イヴ様の警護はエリス。
俺に頷き返し、上司であるカトリーヌ中佐に敬礼した。
「イヴ様はこちらです」

 王妃様一行も二日遅れで戻って来た。
真っ先にイヴ様にお会いしたいだろうに、軍幕内に居座られた。
報告書を読まれ、分からぬところを俺や侍従秘書女官等に質問された。
長きに渡り国王陛下の片腕となって働いた者達。
全てに澱みなく答えてくれたので俺の出番はない。
 俺の出番は最後に来た。
王妃様に問われた。
「何か忘れた事は」
「そうですね、・・・。
ああ、これですね」
 俺はテーブル片隅に置かれて書類を取り上げた。
「これは」
「初日にここに駆け付け、手伝ってくれた者達の名簿です。
一番最初に褒めて上げて下さい」
 意味深げに王妃様を見た。
複雑そうな目色の王妃様。
それでも理解されたようだ。
苦笑いを浮かべながら俺に言われた。
「そなたは褒美は望まない、そう理解して良いのですか」
 正解です。
「ええ、これ以上は困ります」
 元々は辺鄙な村の子、それが今や最年少の伯爵様、
陰口を叩かれる存在。
これ以上は妬みや怨嗟を生むだけ。
心安らかに生きるにはこれが最善手だろう。

 王妃様の復帰により俺はお役御免。
引継ぎしが完了したので、別館に滞在中のイヴ様にご挨拶。
「屋敷に戻りますね」
「にゃ~ん」
 イヴ様恒例の飛び込み。
何時もより勢いがあった。
これは・・・、身体強化するしかない。
弾力性のある身体強化をイメージ。
それで持って受け止め、高い高い、からの肩車。
「あっはっはっは」
 喜んで貰えて嬉しい。

     ☆

 ベティ足利は王宮本館の窓から外を見下ろした。
別館前の様子がよく見えた。
佐藤伯爵家の馬車が横付けされ、使用人等が乗り込むところであった。
その脇でダンタルニャンがイヴの相手をしていた。
兄妹のようで微笑ましい。
おりよくカトリーヌ明石中佐が報告に来た。
「王妃様、宜しいですか」
 顔色が悪い。
「良いけど、貴女疲れているようね」
「ご心配をおかけします。
けれど大丈夫です。
・・・。
ボルビン佐々木侯爵の消息が全く掴めません。
侯爵家の家人も、縁戚もその家人にも聞き取りましたが、誰も知りません。
友人知人もです」
 ベティはそれを予期していた。
問い詰めない。

 ベティはもう一つの関心事を口にした。
「例の庭師達は」
「あちらもです。
あの日、宮廷に出仕していた全員が行方不明になっています」
「あの連中は何なのだ」
「身分は宮廷の庭師です。
宮廷庁の所属になっていますが、それは形ばかりのようで、
どこの部局にも所属していません」
 ベティは一つ閃いた。
「給地給金は」
「給地と同時に給金も支払われております。
不思議な事に、各地に給地を与えられ、
各人が持つ商人ギルド口座に給金が支払われております」
「んー、・・・。
それぞれの家に給地が与えられ、
ギルド口座には訳有りの給金が降り込まれる。
そういう理解で良いのよね」
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昨日今日明日あさって。(どうしてこうなった)19

2024-03-31 10:45:04 | Weblog
 俺はモビエール毛利侯爵をテーブルに案内した。
心得たメイドが直ぐにお茶を運んで来た。
俺には緑茶、モビエールには紅茶。
お茶菓子も後宮厨房から届けられたビスケット盛り合わせ。 
モビエールが紅茶を口にして一言。
「この紅茶はどこのだ」
 お気に召したらしい。
産地名を知りたいのだろう。
生憎、メイドは下がってしまった。
俺は知らない。
そこで、・・・。
「後宮の厨房です。
お茶菓子もそうです」
「そう・・・か」
 噴き出しそうな顔を引き締めた。
モビエールの執事と護衛が顔を伏せた。
両者の肩が小刻みに震えていた。

 入り口が騒がしくなった。
立哨していた近衛兵が俺の方へ来た。
困惑の色で耳打ちした。
「ロバート三好侯爵がいらっしゃいました。
責任者への面会を望まれています」
 小声だったのだが聞こえたのだろう。
モビエールが表情を緩めた。
「ここへ招いても構わん。
異存ないだろう、伯爵殿」
 もしかして示し合わせたのか。
時間差攻撃で俺のメンタルを削る算段か。
周りの大人達の表情から、それが正解だと分かった。
 
 ロバート三好侯爵が執事と護衛を従えて入って来た。
三好侯爵家派閥を率いるに相応しい貫禄だ。
モビエールに視線を送り、軽く頷いた。
そして俺を目をくれた。
モビエール同様に顔馴染みなのだが、今日は冷え冷えとしていた。
俺は立って出迎えた。
「ようこそ、ロバート三好侯爵様」
「ご苦労様だな、佐藤伯爵殿」

 右にモビエール、左にロバート。
流石は派閥を率いる両者、威圧感が半端ない。
その二人が肩を並べて腰を下ろしている図は、まるで子供虐め。
俺がまさにその子供。
ここがセンターテーブルであると示唆していた。
二人は俺を無視し、顔馴染みの侍従や秘書、女官と話を進めて行く。
まあ、その方が俺にとっても楽なんだが。

 俺への質問も相談もなく、事態収拾への詰めが纏められて行く。
文字通り、神は細部に宿る、ではないが、詳細に煮詰められた。
俺は蚊帳の外だが、彼等彼女等の様子を見聞きして、
本来の日常業務の大変さを理解した。
ああ、宮廷には入りたくない、そんな思いをロバートに見抜かれた。
「佐藤伯爵殿、王妃様との連絡は」
 行き成りだな。
関心があって聞くのか。
それとも俺を試すのか」
「こちらからの使番を山陽道、山陰道の両経由で走らせました。
たぶん、王妃様もこちらへ使番を発せられていると思います。
その両者の接触は今日か明日でしょう。
それによってですが、おそらくカトリーヌ殿が真っ先に動かれるでしょう。
少数にて、最速で国都に戻られると思います」
「なるほどなるほど、最側近のカトリーヌ中佐が戻ると」
「使番は使番として遇し、万一を想定して王妃様には安全策かと」

 モビエールの視線も俺に戻された。
「王妃様が戻るまでは佐藤伯爵殿が内郭の差配を行う、
そういう理解で良いのかな」
 ロバートが含み笑い。
「ふっ、そのようだな」
 俺の隣の侍従が言う。
「佐藤伯爵殿には色が付いてませんので」
 秘書の一人が同調した」
「その通りです」
 それに力を得たのか、別の侍従が言う。
「王妃様からイヴ様を託されたのも佐藤伯爵殿です。
管領殿を追い払ったのも伯爵殿です」
 モビエールが白い目で俺を見た。
「どうやって管領殿を追い払ったのかな。
是非とも聞かせて欲しいな」
 これにロバートが口を合わせた。
「だな、儂も知りたい」
 困った。
手口を公開するつもりはない。
公開したら、完全に化け物扱いされるだろう。

 俺が言葉を選んでいると、先に女官が言う。
「佐藤伯爵は王妃様から信任されています。
王妃様の代人として、今回の件を治めるに相応しいと思えてなりません。
違いましょうや、ご両所様」
 今や俺の右腕の侍従も言う。
「忘れてならないのが、近衛を掌握されたのも佐藤伯爵殿です。
それともう一つ、これは口にし難いのですが、
申しても宜しいかなご両所」
 モビエールとロバートが顔を見合わせ、頷いた。
想像は付くのだろう。
渋い表情。
侍従が続けた。
「ここで三好家や毛利家の色を出すのは好ましくないのです。
無派閥や日和見、保守派を悪戯に刺激します。
その点、佐藤伯爵は無色です。
それに子供という安心材料もあります。
王妃様が戻るまで我等も補佐します。
暖かく見守っては頂けませんか」
 安心材料というのが、どのような視点からなのか・・・。

 モビエールが仕方なさそうに言う。
「ああ、分かった、その様にな」
 ロバートは頷くだけ。
この際なので俺は子供の利点を活かし、二人に爆弾を投下した。
「お二人にお願いがあります。
討伐に本腰を入れて頂きたいのですが、如何ですか」
 世評では、王妃様と侯爵二家が相謀って長期化させている、
そう噂されていた。
実際、その三者に批判的な貴族や文武官が召集され、
前線で塗炭の苦しみに遭っているのも事実。
ロバートが俺を睨み付けた。
「ほほう、儂等が本気でないと」
 モビエールも面白げな色を見せ、加わった。
「王妃様を含めての我等への批判か」

 軍幕内での全ての会話が消えた。
書記も手を止めた。
来客のみならず、侍従秘書女官等全員の視線がこちらに向けられた。
蛇の尾を踏んだのだろうか。
まあ、ジャマイカ。
 俺は、演技スキルを起動した。
全ての視線を子供らしい微笑みで受け止めた。
「ご存知のように僕は商会を営んでおります。
その関係で色々な所と付き合いがあります。
敵とか味方ではなく、銭の関係です。
・・・。
うちのスタッフが商品開発の為に、あちこちに足を伸ばします。
その際に、市井に流布する噂も仕入れます。
噂というのは兎角、大事なのです。
その中に真実も含まれていますからね」
 最後までは言わず、濁して、軍幕内を見回した。
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昨日今日明日あさって。(どうしてこうなった)18

2024-03-24 11:55:42 | Weblog
 軽くジャンプすれば済むものを、アリスは猫を貫き通す。
俺の肩に乗る仕草も堂に入っていた。
『どうするんだよ』
「ふにゃ~ん」
 尻尾で俺の鼻を打った。
駄目だこりゃ。
この様子をうちの者達が生暖かい目で見守っているではないか。
ほんとに、こりゃ駄目だ。
お手上げだ。
好きにさせる事にした。
そのうちに飽きるだろう。

 アリスから念話が来た。
『イライザとチョンボが来てるわよ』
 言うや否や、俺の肩からポーンと飛んだ。
庭木の枝に飛び移り、枝から枝へ次々と、そして姿を消した。
探知を起動すれば見つけられるが、それは無粋というもの。
念話を飛ばした。
『程々にな』

 別館の目の前の庭園敷地内に一張りの大型軍幕が見えて来た。
厚い警護態勢の向こうから煩い声。
「グッチョー、グッチョー、グッチョー」
 チョンボだ。
当然、イライザも居るのだろう。
そしてイヴ様も。
笑い声が聞こえて来た。
「チョンボ、あんた煩いわよ」
「ふっふっふ、ちょんぼおこられた」
「ゲッチュ、ゲッチュ、ゲッチュ」
 案内の侍女が説明した。
「チョンボは室内が嫌いなようなので、ここに居てもらいます。
イライザ殿もチョンボと一緒なされるようです」

 軍幕内に入った。
チョンボとの久々の再会を喜んでいるイヴ様は俺に気付かない。
チョンボごときに・・・・。
嫉妬ではないが、負けた気がした。
それでも邪魔はしない。
片隅のソファーに腰を下ろすと、気付いたイライザが寄って来た。
「ごめんなさいね、イヴ様を取り上げたようで」
「なんか、言い方がむかつく」
 イライザが笑って俺に手紙を差し出した。
夫君のカールからだ。
実兄のポール細川子爵を案じていた。
「ポール殿は持ち直した。
命に別条はないそうだ。
執事のブライアンもそう、同じく回復待ちだ。
この一件が終えたら、屋敷でゆっくり休んでくれ。
長期の有給休暇だ。
実家にも顔を出したらどうだい。
美濃では忙しくしてるんだろう」
「ええ、忙しいですね。
どなたかの商会のせいですね」

 イヴ様とチョンボがこちらに歩み寄って来た。
「バルンバルンバルン」
 チョンボのくせして語彙を増やしていた。
生意気だ。
イヴ様はイヴ様、自由だ。
何時もの様に俺に飛び込んで来た。
俺に怠りはない。
腰を落として両膝を地に着け、両手で優しくキャッチ。
そのまま一気に立ち上がり、イヴ様を肩車した。
「お昼にしましょう」

 メイド達がチョンボの餌を搬入始めた。
イライザが俺に言う。
「私はチョンボの世話をしてる」
「ああ、チョンボに宜しく」
 無視して軍幕から出ようとすると、
チョンボが片方の羽根で俺の尻を叩いた。
「グワッチグワッチグワッチ」
 痛い。
子供に優しい魔物、プリーズ。
まあ、イヴ様が笑っているから良いか。

 お昼は別館で頂いた。
イヴ様は盛り合わせのお子様ランチ。
ハンバーグ、海老フライ、プチトマト、グリンピースの煎り卵。
スープとパン付き。
俺もそれに合わせて、ちょいと大盛。
ハンバーグに人参のグラッセと、ブロッコリーが添えられていた。
傍目には兄用としか見えない。
だが、俺は知っている。
イヴ様は人参とブロッコリーが嫌いなのだ。
だから俺に増量されている、・・・と。
 気の毒そうに俺を見るイヴ様に、見せ付けるようにして、
まず人参のグラッセ。
バターと砂糖の味がした。
次にブロッコリー。
茹で上がりのブロッコリーは、塩とマヨネーズ。
茹でてあるとは言え、味わう物ではない、たぶん。
一気に噛み砕いた。
はあ、今日も大人の階段を上ってしまった、なあ。

 俺はブロッコリーの一つを摘み、イヴ様を揶揄した。
「イヴ様はお子様ですから、これはまだ無理ですよね」
「ふーんだ、おこさまでいいもん」
 思い切り顔を逸らされた。

 楽しい食事を終えて軍幕に戻ると、
その手前で近衛の長官が目に入った。
庭木に縛り付けられたままの人。
いかんいかん、
変なのを見てしまった。
長時間の拘束と疲れで憔悴仕切っていたのだ。
このままだと自然死しないか。
見張っている近衛兵が俺に敬礼した。
「時折、ポーションをかけているので、まだまだ大丈夫です」
 俺の心配を見抜いたようだ。

 俺は足を進めた。
そして、軍幕の入り口を見て引き返したくなった。
高価そうな衣服の者達が屯していたのだ。
どう見てもお貴族様の供回りの者達に違いない。
中に居る主人に、遠慮するように言われたのだろう。
 一旦足を止めたが、気を取り直して再び進めた。
お昼のデザートだと思い直した。
連中は俺を見て、道を開けた。
どうやら俺を見知っている様子。

 入り口の近衛兵が俺に耳打ちした。
「モビエール毛利侯爵様がいらしてます」
 おお、評定衆の大物。
モビエールは毛利派閥を率いて、その権勢を誇っている人物だ。
長身痩躯で、鋭い眼光で相手を見据え、理屈攻めで説く、
始末に困る性格なのだが、それほど嫌われてはいない。
政敵である筈の三好侯爵とも酒を酌み交わす間柄。
俺とは、王妃様との関係で顔馴染み。
何度か話した事もある。
 いたいた。
待合のテーブルで珈琲を飲んでいる後ろ姿、彼だ。
執事らしいのが耳打ちした。
ゆるりと振り返った。
俺を見て、笑顔を浮かべ、そっと珈琲カップを置いた。
「待ち兼ねたぞ」
 圧迫すべく、わざとこの時間帯にしたのだろう。
喰えないな。
俺は表情を変えずに歩み寄った。
「お話はあちらのテーブルで」
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昨日今日明日あさって。(どうしてこうなった)17

2024-03-17 12:05:57 | Weblog
 近衛の制服の一団が案内されて来た。
隣の侍従が俺に教えてくれた。
「元帥と副官、そして護衛の者達ですね」
 真ん中の恰幅の良い男の肩章襟章がそれを物語っていた。
元帥の鋭い視線がこちらに向けられた。
何かを探る様子。
それは俺で止まった。
どうやら俺を見知っている様子。
俺は知らないけど。
副官が前に出た。
肩章は少佐。
「君が佐藤伯爵だね。
聞かせてくれるか。
表で縛られているのは、うちの長官なんだろう」
「ええ、そうですね」
「あの様な仕置きの理由は」
「謹慎の沙汰を聞き入れてもらえず・・・。
結果、あのような処理に相成りました。
まあ、ダイエットにはなる筈です」
 元帥も長官同様に恰幅が良い。
割腹ダイエットにでもするか。
が、そこまでは口にしない。

 少佐は納得できぬ色。
ところが後ろの元帥は違った。
噴き出してしまった。
人目がなけれは腹を抱えて笑ったかも知れない。
一頻り笑ってから俺に尋ねた。
「儂も謹慎かな」
「ええ、そうですね。
誰が敵で、誰が味方か分からぬ状況です。
そこでお偉い方には静養して頂こう、そう考えています。
これはお互いの為です」
「確かに、それが最も手っ取り早い。
近衛はそれで良いかも知れんな。
ところで、国軍や奉行所はどうする」

 秘密裏に事を運ぶには、まず、全容を知る関係者を絞る。
情報統制を徹底して優先する。
今回の作戦区域は王宮区画と限られていた。
狭い範囲なので、近衛高官と一部関係者の抱き込みだけで済む。
費用対効果からすると、最低の費用で最大の効果を得られる。
コスパが良い。
成功すればだが・・・。
「国軍と奉行所は外郭が担当なので、管領は声掛けしていない筈です」
 試し見るような目色の元帥。
「ほう、自信たっぷりだな、もし違っていたら」
 俺は無表情で言い切った。
「ごめんなさい、そう謝ります」

 元帥は鼻で笑った。
「ふっ、子供だからそれで許されるか」
 元帥は俺の隣の侍従を見た。
そして彼に言う。
「分かった。
だが、謹慎は断る。
儂は王妃様の呼び出しがあるまでは有給休暇だ。
後は任せて良いか」
 侍従が深く頷いた。
「万事お任せを」

 元帥が一団を連れて引き揚げて行く。
それを侍従が見送りに出た。
俺にとっては、やれやれだ。
別の侍従が俺に囁いた。
「元帥だけあって巧妙ですな」
「えっ、そうなんだ・・・」
「ええ、そうですよ。
管領との間に密約があったのか、なかったのか、
当の管領が姿を消したので確かめようが有りません。
おそらく永遠に分からないでしょう。
それを元帥は逆手に取って戦術的撤退をしたんでしょうな」
 なるほど、王妃様の呼び出しを持つ姿勢をアピール。
呼び出しを受けたら、忠臣の顔をして御前に跪く 。
「ああ・・・、なるほど」
「ご心配なく。
こちらはその逆手を利用させて貰います。
元帥代理も含め、要所をこちらで固めます」

 俺は、大人の汚い作法を一つ学んだ。
ダンタルニャン、一つお利口になっちゃった・・・なっ。
それはそれとして、この後、国軍や奉行所の長官や元帥も現れた。
まるで近衛の元帥が無事に帰ったのを見たかのように・・・。
意外とそうなのかも知れない。
それが高官諸氏の処世術なのだろう。
批判するつもりはない。
王宮権力の仕組みを理解していれば、それも仕方ない。
 俺は彼等の相手をした。
そこで感嘆させられた。
彼等は子供の言葉を真摯に受け取り、唯々諾々と従うのからだ。
委細の説明を求めるものの、反論や拒否はない。
おそらく近衛元帥の周辺からレクチャーを受けたのだろう。
この状況から無難に抜け出すつもりらしい。
まあ、それで良いか。
俺も早く普通の日常に戻りたい。

 イヴ様付きの侍女が顔を出した。
「そろそろお昼ですよ」
 そんな時間か。
難儀な諸氏がこちらのテーブルに回されて来るので、
すっかり脳味噌が疲弊してしまった。
俺は背伸びしながら返事した。
「はい、参ります」
 背後に控えていたうちの者達も同様らしい。
大きく欠伸する者もいた。

「あっ・・・」
 メイド、ジューンの声が上がった。
庭木から飛び立った大きな鳥を見掛けてのこと。
濡れたような黒い羽根。
育ちの良い魔鴉。
健康優良児なのかな。
 魔鴉は俺を一瞥して、大空に駆け上がった。
それから魔波が感じ取れた。
うちの妖精の一人だ。

 アリスとハッピーの執拗な要求に負け、条件付きで許可した。
妖精魔法の透明化でも魔導師には見破られる公算大。
そこで、スキル【変身】を条件とした。
形ある物ならば見過ごすとの思惑からだ。
もし疑われたら、高々度へ逃れるだけのこと。
人であれば追っては来れない。
たぶん、間違ってない、よね。

 黒猫が前を横切った。
俺を横目で見て、「にゃ~ん」と。
笑われてる気がした。
魔波はハッピー。
王宮には普通に、野良猫や鴉が営巣していた。
それに魔猫や魔鴉が紛れていても不思議ではない。
危険性が皆無なので誰も気にしない。
警備の近衛も気にしない。
 とっ、お尻から背中にかけて軽く温い感触。
それは、ポテポテポテ。
何かが俺の身体を駆け上がって来た。
それが俺の肩で止まった。
「にゃ~ん」
 白い子猫。
紛れもなくアリスだ。
『何してんだよ』
「にゃ~ん」
『ほんとに何してんだよ』
「にゃにゃ~ん」
 猫である事を強調していた。
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昨日今日明日あさって。(どうしてこうなった)16

2024-03-10 12:31:50 | Weblog
 俺の説明にアリスとハッピーが喰い付いた。
『面白そう』
『パー、イヴが可哀想だっぺ』
『私達が手を貸そうか』
『ピー、だっぺだっぺ』
『よし、手を貸す』
『プー、貸す貸す』

 煩い、煩い、煩いんだよ。
俺は妖精達を人間の争いに関わらせたくない。
人類特有の醜い、終わりのない争いに。
しかし、それも今更か。
 うちの妖精達は、関東代官の反乱で暴れ、南九州の反乱でも暴れ、
ついでにコラーソン王国にまで足を伸ばしてしまった。
そして王都とその周辺に甚大な被害を与えた。
たぶん、彼の地は魔物が跋扈する地になったのだろう。
 王国の被害者の皆様、誠に相すまん。
遥か遠くの地から、謹んで哀悼の意を表する。
届かないと思うけど、この気持ちを理解して欲しい。

 俺は白旗を揚げた。
『分かった分かった。
でも一つ約束して欲しい』
『やっと分かったのね、私達のこの力。
敵に、思う存分に味わせて遣ろうじゃないの』
『ペー、やっちゃうぺー。
ペッペッペーのペッペッペー』
 おい、聞けよ最後まで。

 その夜、アリスとハッピーは別にして騒ぎは起こらなかった。
俺はイヴ様とのモーニングを終えると安堵して本営に向かった。
外に、殺気も殺伐とした空気もなかった。
警備陣の動きにもそう。
立哨も巡回からも、何の違和感も感じ取れなかった。
 とっ、軍幕近くの庭木に不審な者がいた。
何者、・・・。
その者は立ったまま庭木に縛り付けられていた。
太いロープでぐるぐると。
首には【魔法封じの首輪】。
思い出した。
「あっ」
 執事、スチュアートが口にした。
「私もすっかり忘れていました。
これ、生きていますかね」
 急いで鑑定した。
瀕死と表示された。
それはそうだろう。
一晩放置されたのだ。

 軍幕から近衛が一人出て来た。
俺に気付いて慌てて敬礼した。
「おはようございます」
 俺を見てびくついていた。
俺は恐怖の対象か。
苦々しく思いながら、子供らしく答礼した。
「その手にあるのはポーションかい」
「はい、HP回復のポーションです」
「あれに」
「はい、あれにです」
 現職の近衛長官なんだが、あれ扱いされていた。
「まあ、死なない程度にね。
・・・。
そうそう、夕食や朝食は」
「摂っています」
「君じゃなく、あれ」
「あれですか。
しっかり夕食は与えています。
これは朝食です」
 夕食と朝食は高価なポーションだった。

 本営の軍幕に入って驚いた。
顔触れが・・・、だ。
俺は思わず尋ねた。
「皆、交替してないのか」
 ちらほら新顔もあるが、多くは昨日の顔触れだ。
一人が渋い顔で応じた。
「大丈夫です、慣れてます」
「食事や風呂は」
「非常時なので交替で取ってます」
「倒れない、平気なの」
「まだ二日目、始まったばかりです」
「終わったんじゃないの」
「後片付けから補修、事情聴取やらと色々、そして最後は報告書提出、
後始末が一番大変なんですよ、特に文官は。
・・・。
伯爵様、卒業したら上の学校へ進むんでしょう。
文官コースにしませんか」
「そのつもりはないよ。
知ってると思うけど、事業が拡大してるんだ。
そちらで王家に貢献するよ」
 聞いていた侍従や秘書の皆が揃って苦笑いした。

 俺は勧誘話を打ち切る為に、昨夜の報告書を手にした。
各官庁や各貴族からの問い合わせやが記されていた。
彼等の関心は概して最高権力の有り所だ。
実に分かり易い。
生き残りに必死と言うべきか、日和見と言うべきか、生き汚い。
それに対して本営に居残った者達が明確に答えていた。
 王妃様から権力を奪取しようとしたボルビン佐々木管領は、
イヴ様拉致を試み、その警護の者達と争いになった。
結果、管領とその一派は敗走し、現在行方不明。
だからして権力は移行しておらず、権力は王妃様にある。
従い、この本営が王妃様帰還までその権限を代行する。
本営にての責任者はダンタルニャン佐藤伯爵である。
異論があれば来られたし。
佐藤伯爵がお相手します。
そう説明し、それぞれに持ち帰らせたそうだ。

「ねえ、徹底してるよね」
 俺がそう言うと、軍幕内者達が小首を傾げた。
「「「何がですか」」」
「徹底して、僕を前面に押し出しているよね」
「「「まさか」」」
 答えた皆が視線を逸らした。
「そうとしか思えないんだけど」
 右隣の侍従が言う。
「ここでの爵位は伯爵様が最上位です」
「えっ」
「多くの者達は貴族の次男三男四男か、女性達です。
一部に平民も居りますがね。
そして、自分で言うのも何ですが、仕事は出来るのですが、
爵位が足りない者ばかりです。
ですから、佐藤伯爵様、諦めて下さい」

 あれこれ雑談していると本営が、
官庁の始業時間に合わせて再稼働した。
入り口の係官が訪問者を三つに分かれたテーブルに案内し始めた。
右のテーブルは官庁を担当。左のテーブルは死傷者を担当、
そして真ん中のテーブルは小難しい者を受け持った。
俺は真ん中のテーブル。
 左右のテーブルはそれなりに訪れる者がいた。
生憎、俺のテーブルは閑古鳥、ヒマ~、ヒマ~。
俺の顔色を見てか、右隣の侍従が言う。
「これからですよ。
長官や元帥は遅い出勤ですからね。
まず役所へ顔を出し、部下から報告を受けて、
それからこちらだと思います」
「それを聞いて嫌になった。
帰っても良いかな」
「諦めて下さい。
あっ、そうそう。
評定衆のお歴々も来られると思います。
昨日は一人も来られなかったので」
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昨日今日明日あさって。(どうしてこうなった)15

2024-03-03 13:28:29 | Weblog
 イヴ様から良い香りがした。
石鹸。
隣の軍幕にお風呂が設置されていた。
「ニャ~ン、どうしたの」
「いいえ、さあ、食事にしましょう」
「わたしが、あんないする」
 イヴ様が俺の手を引かれた。
テーブルに案内された。
侍女二人が椅子を引いて待っていた。
「お二人様、こちらへ」
 二人で並んで席に着くと、それが合図になった。
次々と料理が運ばれて来た。
育ち盛りの俺には大盛ばかり。
流石にイヴ様に大盛はない。
バランスを考えてか、小鉢が並べられた。
ところがイヴ様、嫌いな物を俺の方へ寄越す。
「ニャ~ン、いっぱいたべるのよ」
 断れない。

 頃合いを見ていたのか、エリス野田中尉が側に寄って来た。
彼女に耳打ちされた。
「別館の掃除完了しました」
 掃除には色んな意味合いがあった。
「増員できたんだね」
「はい、それも」
 俺はイヴ様の後ろに控えている侍女を見た。
察した彼女が頷いた。
あちらも完了か。
男達の多くが管領の威圧に屈したのに比べ、彼女達は忠実で、且つ、
仕事も出来る。
もっとも、管領の膝下に入った女達がいたのも事実だが、・・・。
まあ、人生色々・・・。
個人としての思惑もあれば、家としての意向もある。

 食事を終えると俺はイヴ様の手を引いた。
「さあ、参りましょう」
「どこへ」
「お部屋へ」
 別館へ案内した。
イヴ様と俺を侍女とメイドが囲む。
さらにその周りを、エリスと女性騎士の一団が固めた。
少し遅れて、うちのメンバーが付いて来た。
執事のスチュアート、メイド長のドリス、メイドのジューン。
護衛のユアン、ジュード、オーランドの三名。

 庭園の側に別館があるのだが、増員された近衛の男性騎士の隊が、
隊伍を組んで立哨と巡回を受け持っていた。
別館と男性騎士の安全性は、エリスが掃除完了として保障していた。
その言葉を鵜呑みにはしないが、頼りにはしよう。

 二階の部屋の一つがイヴ様の寝室になるのだが、念の為、
トラップとしての寝室も二つ用意された。
なので寝室は計三つ。
正解の寝室は・・・、イヴ様に自分の寝室を選んで貰う。
だから、事前に知る者はいない。

 イヴ様を侍女とメイドに任せ、俺は階下のホールに入った。
ここを警護指揮所とした。
早速、エリスに新たな提案をした。
「イヴ様の警護として、イライザとチョンボを国都へ呼び寄せた。
たぶん、今頃は屋敷に入って待機してると思う。
どう、ここへ来てもらうかい」
 美濃の代官、カールに宛てた手紙でそう要請した。
その手紙はエリスが軍事郵便扱いにしてくれたので、
翌日には配達済みのはず。
イライザはカールの妻だが、同時に領地持ちの男爵。
女男爵。
チョンボは彼女にテイムされた魔物、ダッチョウ。
一人と一頭はイヴ様のお気に入り。
それはカールも承知のこと。
返事は貰ってないが、既に国都に入っている頃合いだろう。
なにせチョンボが飛べるので、国都まではほんの一っ飛び。

 エリスが諸手を挙げて歓迎した。
「勿論、大歓迎ですよ」
 非常の際、イライザが大型のベビーキャリアを胸元に装着し、
それにイヴ様を入れ、チョンボに乗って大空に飛び立つ。
こんな安全策は二つとない。
「それじゃあ、それで決まりと。
うちからの案内はオーランドを出す。
明日の朝一、屋敷へ近衛を差し向けてくれ」

 俺はようやく一人になれた。
用意された部屋で横になった。
当然、イヴ様の向かいの部屋だ。
光魔法を小さく起動した。
まず、心身の疲労を取り除く、ライトリフレッシユ。
それから、入浴と洗濯の合わせ技、ライトクリーン。
香り付き。
 横になったままステータスを確認した。
本来のHPとEPに異状はない。
さっきまでの疲れは、ただの気疲れだったようだ。
ああ、責任を負うって、なんて難しい・・・。
こんなんなら、大人になりたくないな。

 脳内モニターを起動した。
ます、地図機能に識別を重ねた。
そして、探知魔法を起動した。
頭上高くへ魔力の塊を打ち上げた。
無音で破裂させた。
大輪の花火のように、八方へ薄く広げて行く。
これに気付く魔法使いはいない筈だ。

 おおっ、見つけた見つけた。
花の蜜に吸い寄せられるように、それらが飛んで来た。
アリスとそのエビス飛行隊、計十五機だ。
こちらの合図に気付いての進発らしい。

 飛行隊が国都の上空に達してホバリングを開始した。
うちの二機が下降した。
俺は窓を少し開けた。
アリスとハッピーが機体を収納し、窓から飛び込んで来た。
『おひさ~』
『パー、元気だったぺか』
 俺は二人を眺めた。
変わらぬ笑顔、旅を満喫したらしい。
『遅いじゃないか』
『わりい、わりい、里のお婆に長居されられちゃった』
『ピー、お婆、怖い怖い』

 そんなこんなで二人は旅の話に入った。
聞かされた俺は、目を点にした。
当初は反乱の地、島津伯爵領へ赴き、
魔物、キャメルソンを駆使する傭兵団と遊ぶのが目的だったはず。
当然、キャメルソンとの力比べが前提であったが。
なのにコラーソン王国まで足を運んだ・・・、とは。
俺はそこまで頼んだ覚えはないんだけど。
『誰か怪我した人は』
『エビスが頑丈だから怪我人はいなわよ』
『プー、そんな間抜けはいないっぺ』
 だよね。
俺はそれでも確認する必要があった。
『コラーソン王国軍は』
 反乱に乗じて薩摩か大隅に拠点を築く恐れがあった。
『たぶん、引き返したと思うわよ』
『ペー、王都と周辺がねえ』
 二人の話を吟味するに、話通りなら王国の母体そのものが潰れた・・・。
エビス十五機の全力なら、それも可能かも知れないが・・・。
いいのだろうか。
その王国の民は・・・。
魔物が跋扈する地になって、果たして人が生きて行けるものだろうか。
 俺は逃げた。
話題を変えた。
今、俺とイヴ様が置かれた状況を説明した。
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昨日今日明日あさって。(どうしてこうなった)14

2024-02-25 13:09:39 | Weblog
 大役を勤め終えた気分だ。
欠伸をしていると、うちのメイド長のドリスが来た。
「そろそろお茶にしましょう」
 メイドのジューンが紅茶を運んで来た。
「目が覚めるように苦いのにしました」
 煮立てたかのように色が濃い。
砂糖も付いていない。
「まだ仕事をさせるつもりかい。
僕はこれでも子供なんだけど」
 ジューンが微笑み、ポケットから小さなポットを出して、
カップの隣に並べた。
ああこれは、砂糖だ。

 紅茶を飲みながら、これからの流れを考えた。
考えれば考えるほど難しい事ばかり。
さっさと手を引きたい。
だけど事情が許さない。
旗頭というか、責任を負う者は不可欠だ。
その場合、適任者は俺しかいない。
爵位は伯爵だが、一部には王妃様に贔屓されてるとの噂がある。
それを活かすしかない。
 俺は本営の中で働く者達を見回した。
王妃様に近い侍従や秘書、女官、彼等彼女等が中心になっているが、
それでも数が多いのは下級の文武官だ。
文句を言わず事態を打開すべく奔走していて頼もしい限り。
俺は、同じテーブルを囲む中核メンバーに声を掛けた。
「聞いて欲しい」

 中核メンバーだけでなく、他のテーブルの面々も手を止めた。
まあ、気にはなるだろうな。
子供が指示する訳だから。
俺は言葉に力を込めた。
「手伝ってくれた全員の名簿が欲しい。
爵位、職責、階級、身分は一切問わない。
分け隔てなく全員だ。
手分けして調べてくれないか。
ただし、本日手伝った人間のみだ。
明日からの分は必要ない」
 中核メンバーは顔を見合わせ、互いに頷き合い、声にした。
「「「はい、承知しました」」」
 理解が早い。
他のテーブルは半々だな。
それも無理からぬこと。

 治療を担当していた者が報告に来た。
「ポール細川子爵を発見しました。
重傷でしたが治癒魔法で回復させました。
ただ、血を大量に失っていましたので、暫くは動かせません」
 良かった、生きていた。
「どのくらいで歩けるように」
「一ㇳ月の安静は必要ですね」
「後遺症は」
「それは様子見です」
 贅沢は言えない。
生きていた事を素直に喜ぼう。

 俺の側のドリスとジューンも、子爵の事を喜んでいた。
互いに手を取り、今にも飛び上がらんばかり。
それはそうだろう。
うちの者達の多くはポール細川子爵家に雇用されていた者や、
その血縁、ないしは紹介された者なのだ。
嬉しくない訳がない。
 テーブルを囲む中核メンバーも喜んでいた。
こちらは同僚や顔馴染みなので、発見された事と、治癒が施された事に、
安堵の笑みを浮かべていた。

 俺はもう一人を心配した。
報告した者に尋ねた。
「子爵の執事は」
 ブライアン明智騎士爵だ。
うちのダンカンの父で、彼は常に子爵の身辺に侍っていた。
今回もそうだろう。
子爵が秘書執務室に居た場合は、
同階の従者控室で待機していたはず。
確実に今回の騒ぎに巻き込まれていただろう、とは推測できる。
「ああ、たぶんあの方ですね。
子爵の側で倒れていた方。
盾や短剣の様子から、随分と奮戦されていたようです。
でも大丈夫ですよ。
命に別条はありません。
魔力が切れても執拗に抵抗されていたのでしょう。
自身が倒れるまで。
暫くは昏睡状態が続きます。
日数は約束できませんが、何れ目覚めます」
 何れか、約束できないか。
「後遺症は」
「あの方も様子見です」
 彼は主人を守り切ったのだ。
そちらを喜ぼう。
そういう考えは俺だけではない。
他の者達も同様のようで、顔色からそうと読み取れた。

 複雑な空気の中に侍女が飛び込んで来た。
「伯爵様」
 その声で予想が付いた。
「はい、ここです」
「そろそろ暗くなりますが、あのう・・・」
 最後まで言わせない。
「こちらの方もそろそろ夕食になります。
僕もそちらに参ります」
 軍幕の一つで炊事が行われているせいか、
先程より良い匂いが漂っていた。
これでは仕事どころではない。
俺は皆に聞こえるように言った。
「僕はここまでにします。
後は皆さんにお任せします。
どうか宜しくお願いします」
 それはそうだろう。
俺は子供、育ち盛り。
食事と休憩は必須事項。
事前に中核メンバーには伝えて置いたので、
ここで消えても大丈夫だろう。

 侍女の案内で最奥の軍幕へ向かった。
「イヴ様のご様子は」
「辛抱してらっしゃいます」
「齢の割りに、あの方は気が回りますからね」
「ええ、それだけにお可哀想で」
「王妃様のことは」
「何も仰いません」

 周囲を女性騎士が警戒に当たっていた。
その一人が俺に気付くと軍幕へ通してくれた。
中は明るかった。
夜に備えて魔道具の灯りを増やしたみたいだ。
イヴ様は真ん中のテーブルに居られた。
俺を目にするや、椅子から飛び降り、駆け寄って来られた。
「ニャ~ン」
 ああ、目が潤んでいるではないか。
顔馴染みの者達に世話されてるとはいえ、
我慢の限界が近いのかも知れない。
俺は何時もの笑顔を貼り付け、両膝を付いた。
そこへイヴ様が遠慮会釈のないダイビング。
勢いがあった。
股間に激痛。
爪先が綺麗に入ったようだ。
「うっ」
 激痛、なのだが、顔には出さない。
誰にも気付かれぬ様よう、足裏から素早く【氷魔法】を起動した。
それでもって局部を急速に冷やしつ、治癒。
ヒエヒエ~。
気付かぬイヴ様が俺の顔を覗かれた。
「ニャ~ン、つかれてるみたいね」
「ええ、でも、ちょっとだけですよ。
大勢の大人に囲まれていましたからね」
「おしごとだったのね、えらいえらい」
 小さな手で俺の頭を撫で回された。
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昨日今日明日あさって。(どうしてこうなった)13

2024-02-18 10:00:00 | Weblog
「ここで何をしておる」
 荒げた物言いで、恰幅の良い男が本営に入って来た。
供回りは六名、それらは近衛の制服。
恰幅の良い男は貴族の装い。
男の態度から推し量ると近衛の文官、それも高位の。
これは、・・・誰っ。
俺を手伝ってくれている侍従からの耳打ち。
「近衛の長官です」
 ほほう。
近衛の最高位にあるのは二名。
文官の頂点である長官。
武官の頂点である元帥。
その二頭体制で近衛軍を動かしていた。
国軍、奉行所共に同様の体制。
これは武力を持つ組織の共通の、制御する為の仕組みとも言えた。

 俺は長官を手招きした。
「こちらへどうぞ、僕が説明します。
・・・。
僕はダンタルニャン佐藤伯爵です。
今回、王妃様から口頭で、イヴ様の警護を命ぜられました。
本来ならイヴ様の警護だけで、この様な事には関わりません。
ところが、管領がイヴ様を取り押さえようとした。
これは異常事態、いえ、非常事態とも言えます。
にも関わらず、近衛も国軍も動きがない。
おかしいですよね。
そこで僕がお節介を焼いている訳です」

 俺は手で椅子を指し示したのだが、長官は鼻息が荒い。
着席を拒否し、上から俺を見下ろした。
「子供がふざけるな、直ちにここを解散しろ。
王宮を含めた内郭は近衛の管轄だ、我等が受け持つ」
 長官は言い終えると僕を睨み付けた。
僕は相手には合わせない。
優しい物言いを心掛けた。
「管領の暴走を傍観していた貴方方には任せられません。
信用がならないのです。
早い話、管領に協力したのではないか、そう思っています。
理解して頂けたら直ちにお引き取りを。
・・・。
王妃様が帰られたら呼び出しがあるでしょう。
それまでは謹慎していて頂きたいのですが」

 長官の供回りの者達の表情が変わった。
自覚しているようだ。
俺や長官から視線を逸らした。
しかし、長官は違った。
テーブルに両手をつき、俺を威嚇した。
「貴様、何様のつもりだ」
「はあ、俺様ですが、何か」
 長官が真っ赤になってテーブルを叩いた。
バンッ。
「ふざけるな」と。
 ついでに額の血管が破れれば良かったのに。
惜しい。

 遅れて、俺を手伝っている者達の多くが咳込む。
肩が激しく揺れ動き、書き物の手が止まった。
笑いを堪えているとしか思えない。
何が・・・、どこが受けたのだろう。
 それはそれとして、俺は長官への対処法を考えた。
俺を手伝っている武官達は近衛に所属する者達。
彼等には荷が重いだろう。
となると、・・・。

 俺はうちの護衛に命じた。
「この男を捕えろ。
抵抗すれば怪我させても構わん。
間違えて殺しても、それはそれで仕方ない。
この程度ならお替わりは幾人も居る」
「「「はい」」」
 良い返事だ。
躊躇いがない。
俺の背後に控えていた三名が一斉に動いた。 

 うちの執事長、ダンカンが薦めた屋敷詰めの騎士三名。
ユアン、ジュード、オーランド。
普段の訓練の様子は見知っていたが、実戦でも中々のもの。
隙のない立ち回りを見せた。
指示役はユアン。
「ジュードは供回りを牽制。
オーランドは長官を捕えろ。
俺は控えに回る」
 ジュードが腰の長剣を抜いて、長官の供回りの者達に剣先を向けた。
彼等を剣先と視線で牽制した。
警告も忘れない。
「邪魔すれば斬る」

 オーランドが素手で長官に立ち向かった。
長官は文官ではあるが、武芸は貴族としての嗜み。
平民に比べれば、ある程度は動けた。
腰の長剣を抜こうと、手を伸ばした。
 それを見たオーランドだが、恐れる様子は微塵もない。
懐に飛び込んでショルダーアタック。
勢いのままに頭突き。
長剣を抜く暇を与えない。
面食らう長官の顎に、腰を綺麗に回転させて肘打ち。
極まった。
長官はその場に崩れ落ちた。
気絶のようだが、オーランドは容赦がない。
身体に蹴りを入れて転がし、俯せの頭を踏み付けた。

 控えのユアンは、長官とその供回りの者達、その双方を視界に入れ、
長剣を抜いて遊撃として備えた。
が、機会は巡って来なかった。
残念感一杯で、オーランドに指示した。
「身柄を確保しろ」

 俺は三名に命じた。
「ここには生憎、貴族用の牢がない。
代用として表の庭木をそれとする。
表の庭木に縛り付けろ。
出来るだけ太い庭木だ。
失礼のない様にな」
 口からすらすら出た。
意味が分からない。
たぶん、疲れもあるのだろう。
俺は俺が怖い。
額に手を当てた。
そんな俺を見兼ねたのか、
控えていた執事のスチュアートに言われた。
「少々お休みになっては」
 周りの者達の俺に注ぐ目色も似た様なもの。
残念だが、俺は頑張り過ぎたようだ。
でも休む前に、決着を付けよう。

 俺は気を取り直した。
表に運び出される長官を余所眼に、長官の供回りの者達を見回した。
彼等は大人しいもの。
職分で長官に従っているだけなのだろう。
そんな彼等に尋ねた。
「君達のうちで最も上位の者は」
 互いに顔を見合わせた。
そして、結果として一人に視線が集中した。
武官上がりの様な厳つい顔と体躯。
その者が口にした。
「階級は少将です。
長官に執務室の取り纏めを命ぜられています」
「それでは君を臨時で、長官代理に任命する。
これより近衛全体を取り纏めて欲しい」
 周りの大人達は理解が早い。
指示なしでもテキパキと仕事をした。
任命書を発行し、彼の補佐として、侍従の一人を付けた。
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昨日今日明日あさって。(どうしてこうなった)12

2024-02-11 09:35:41 | Weblog
 小隊は五十名編成。
ところが庭園を包囲しているのは、それよりも遥かに多い。
中尉に尋ねると、ボルビンが近衛軍から五個小隊を抽出したという。
おそらく不服従を懸念し、連携せぬように図ったのだろう。
失敗したので徒労に終わった訳だが、俺様的には丁度いい数だ。
 俺は全小隊長を呼び寄せ、イヴ様への忠誠を確認した。
ボルビンが消えた今、敢えて反抗する者はいない。
というか、互いに顔を見合わせ、雰囲気に迎合した。
そう、忖度。
全員が忠誠を誓った。

 俺は中尉五名に大まかに指示した。
一個小隊をイヴ様の警護の為にここへ残し、
残りの四個小隊にはそれぞれ仕事を割り振った。
王宮本館と別館の制圧、拘束された者達の解放、死傷者の搬出と治療、
そして関係各所への告知と情報交換。
やることが山盛り。
非常事態なので彼等に自由裁量権を与えた。
人手が足りないので、それを補う方策もだ。
「各部署に必要な人材提供を要請しろ。
確とした言がない部署は、命令系統を素っ飛ばして、
個々人を引き抜け。
ボルビンの手法を真似ても構わない」

 素人の俺が細かく口出しするより、
大まかな指示の方が彼等が快く働いてくれる、そう信じた。
武器は武器屋と言う。
パンはパン屋とも。
たぶん、大丈夫。
責任は俺が取る、だからしっかり働いてくれ。
念押しした。
「責任の所在を明確にする。
全て僕が負う。
その上で大事な点を説明する。
ここでの今までの遣り取りもだけど、これからの全てを記録して欲しい。
交渉の際は必ず書記を置いて、自分達の言動と、
相手方の言動を余すところなく文字化すること。
その際の対応は二つ。
不服従は放置。
抵抗する意志を示した場合は是非もなし。
その場の判断で無力化すること。
非常時なので殺しても差し支え無し。
以上。
これは君達の立場を守る為だ、そこを理解して貰えたら嬉しいかな」

 まず別館を制圧した。
敵は同じ近衛であった為に説得に応じたそうで、
流血の事態は避けられた。
エリスの率いていた男性騎士二十名が解放され、
複雑そうな表情でこちらに合流した。
エリスが彼等を慰めた。
「気にするな。
同僚の部隊に拘束されるとは誰も思わない」
 その通りなのだ。
同僚の部隊まで疑っていたら、きりがない。
俺もエリスの言葉に同意した。
「不可抗力だ、忘れろ。
さあ、気を取り直してイヴ様警護に専念してくれ」

 うちの者達も解放された。
執事のスチュアート、メイド長のドリス、メイドのジューン。
そして護衛のユアン、ジュード、オーランドの三名。
こちらも反省しきり。
スチュアート達が揃って謝罪した。
「「「申し訳ございません」」」
「とにかく全員が無事で良かった。
無駄死を避けられて嬉しいよ」

 庭園に残した小隊が、目の前で本営設置に奔走していた。
自由裁量権を与えたのが効いたらしい。
思った以上の働きで、こちらの期待に応えてくれた。
庭園の真ん中に大型軍幕を五張り設置し、
新たに招集した近衛の土魔法使い達で、
土壁で周囲を囲む徹底した仕事振り。
 あっれれ、・・・、見守っているだけで完成した。
ここは戦場ではないんだけど、それは言わぬが花か。
土壁の入り口は一つだけ。
その入り口の大型軍幕が本営。
最奥の軍幕がイヴ様専用。
エリス中尉が俺に耳打ちした。
「みんな張り切ってますよ。
自由裁量権が与えられていますからね。
・・・。
普段はただのマリオネット。
上から命令されて動くだけ。
ところが伯爵様は違う。
自分が軍事の素人だと自覚している」
「褒めてるのかな」
「そうですよ」
「丸投げしてるだけなんだけどね」
 エリスが笑う。
「でも責任は負って下さるのでしょう」

 続けてもう一つの小隊が王宮本館を制圧した。
ボルビンに従っていた近衛部隊を説得し、
無血で支配下に置いたと報告が来た。
それを受けてもう一つの隊が拘束された者達を解放し、
死傷者の搬送と治療を開始するとも。
 五番目の小隊も大忙しだ。
限られた五十名という人員で、関係各所への告知と情報交換。
こちらの小隊は中尉一名、少尉五名、他は兵卒のみ。
対して相手方は、部局の責任者ともなると佐官か上級貴族。
彼等との面接の際に威力を発揮したのが、書記の存在。
その理由を説明すると、態度を一変させて大方が協力してくれたと。

 近くに人の耳がないのを確認したエリスが俺に問う。
「管領殿を始めとして幾人もが急に姿を消したけど、あれは」
「相手方の魔法じゃないかな。
たぶん、高度な魔法の遁走術。
例えば韋駄天とか、疾風、神走。
だから消えたように見えるんだ。
興味があるなら管領殿に直接尋ねた方が良いよ。
僕では魔法方面の力にはなれない。
商売方面なら力になれるんだけどね」
 エリスは疑問の眼差し。
それでも渋々感たっぷりに頷いた。
「ふ~ん、そういう事にして置くわ」
 全員が疑問に思っているだろう。
俺に。
それでも面と向かって尋ねる奴はいない。
例外は気安い間柄のエリスくらい。
ああ、爵位は助けにはなる、ほんとうに。

 王宮で拘束されていた者達のうち、数名が俺に面会を求めた。
亡くなった国王の侍従や秘書、女官として勤めていた者達だ。
侍従が二名、秘書が四名、女官三名。
断る理由はない。
本営に招いた。
彼等彼女等は自分達の事ではなく、王妃様やイヴ様を心配していた。
「つい先ほど、山陰道山陽道の双方へ使者を派遣したばかり。
王妃様からのご返答を遅くなると思う。
イヴ様はご無事です。
この本営の後方の軍幕にて休まれています。
会われたいのであれば、エリス中尉にお願いして下さい。
彼女が護衛騎士の筆頭です」
 彼等彼女等が納得したのを見て、俺は提案した。
「皆さん、拘束されてお疲れとは思いますが、
宜しければ僕を助けてくれませんか。
・・・。
非常事態なので取り敢えずは僕が仕切っています。
ところがご覧のように周りは近衛の武官、軍事の専門家ばかり。
しかも数が少ない。
そこで皆さま方にお願いしたい。
本営に加わり、事態収拾を手伝って頂きたい」
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