海底白夜

海底白夜

酸素が不要になって、何千年かすぎた。時をリズムで刻むことも、どこか遠くに捨ててきた。

水の底で、光るものたちが寄ってくる。深海魚、虫、プランクトンの死骸。

地が天よりも輝けば、暗い夜空はないだろう。心が星より暗ければ、希望は沈黙するだろう。

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 「駄目だ、分からん」。
 
 賢者カイロンが腕を組んでいる。
 
 
 「島国語は難しいからねえ……」
 
 僕も、ため息が出てしまう。
 
 
 島国の技術者うあくぶぇるから、連絡が入った。それも、一緒に作った、レーダーに。
 
 元々、観測装置として作ったものに、いきなりメッセージが届いたのだ。こちらから返答や質問をする方法もない。
 
 
 「要するにだ。島国の技術者は、こう言っている。『君からもらった貴重な金属の黒銀で、面白い装置ができた。君にも紹介したい』、と」。
 
 それは分かる。だが、その装置の仕組みがまったく分からない。


 島国語を含むアリューシャン海溝語は、代名詞の種類がやたらと多いことで知られている。「あれ」と「それ」の区別があるというレベルではない。そのため、アリューシャン海溝語は、究極の「あれをこれして」文として知られる。
 
 例えば、こんな文を考えてみよう。
 
 「この単数女性概念固着名詞を、あの単数男性思考活動主体名詞が、昔の複数中性基盤媒介関与名詞で解釈しなおすと、最先端の複数女性概念活動流動名詞の中に、新しいアイデアが浮かんでくる」。
 
 普通の言語では、こうはならない。「これを、あれが、これで解釈しなおすと、あの中に、新しいアイデアが浮かんでくる」としか書けない。しかし、「これ」「あれ」と書いたところで、それぞれが何を指すのか、大混乱に陥るだけだ。
 
 
 さらに、島国語は1万年前に外部から別れた言語。住民の溶岩ナマズは、発音できる母音が少なく、どんどん母音を単純化してきた。「yrskn」が「よろしくね」を表すのか、「やりそこね」を表すのか、わからないと同じ状態になってる。
 
 
 カイロンが言う。
 
 「確かに、古代語やアリューシャン語には、私のほうが詳しい。だが、技術的な内容は君のほうが詳しいのではないか? 何か、ヒントになりそうなものはないか?」
 
 
 確かに、うあくぶぇると会い、現在の島国語を見てきたのは、自分だ。できる限りの知恵をしぼりだし、考えてみる。
 
 「面白い装置ができたという言い方が、ひっかかる。機械より、生き物の体を話題にしているみたいなんだ」。
 
 
 賢者が、背中のたてがみを大きく揺らした。
 
 「それかもしれん。代名詞を間違って解釈した可能性があるな。母音が省略されているので分かりにくいが、補う母音によって、ふたとおりの読み方がある」。
 
 「と言うと?」
 
 思わず身を乗り出して聞く。


 「つまりだ。私たちは、ここの『これ』を、単数男性金属活動実体名詞と判断した。そして、この『これ』を、装置のことだと思っていた」。
 
 カイロンが噛んで含めるように説明する。
 
 「しかし、省略されている母音は、e、i、oではなく、i、a、uと読むと、この代名詞の性格は別物になる」。
 

 頭が痛い。さっきから、そんな解釈の連続だ。
 
 「そして、母音を入れ替えて代名詞を再構築しよう。すると、こいつは、複数中性動物作用媒介名詞になるではないか」。 
 
 
 「おお、確かにそうだね。すると、文脈に出てくるどの名詞を指しているかというと……『長寿の秘訣』か!」
 
 カイロンが頷く。
 
 「しかり。うあくぶぇるは、強酸にも強アルカリにも融けない黒銀を、健康のために使う方法を見つけたのでは?」
 
 「そのほうが、内容にしっくり合う。それで解釈できるか、読みなおしてみるよ」。
 
 
 カイロンが帰った後、僕は、うあくぶぇるのメッセージを丁寧に読み込んだ。何回も眠ったり起きたりをしたので、何日たったか分からないほどだった。
 
 海流に微細な変動が発生し、浅瀬では大潮を話題にしているころ、読み方が分かった。

 
 さっそく、いくつか試してみる。複数中性動物作用媒介名詞である以上、試すことはたくさんあるのだ。
 
 まず、強酸の王水にも、強アルカリの奴隷水にも融けない黒銀を、簡単に溶液にする方法。こいつが肝なので、真っ先に挑戦。

 「いったぞ!」

 次は、応用だ。

 たくさんの使い道が書いてあるなかから、いくつか試してみる。

 ふたつ、みっつの成果が出たころ、僕は、そろそろカイロンに見てもらおうと思った。僕はカイロンに連絡し、実演をしてみたいので来てくれないかと頼んだ。できれば、通貨として使い物にならない、くず真珠をたくさん持って。
 
(次へ)


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